第3話 まさかこんなに早く見つかってしまうとは
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「ここの部屋を自由に使っていいからね」
ライヤは詰所内の空き部屋にルーシャを案内していた。
「そんな……街まで案内して貰うだけでなく泊まる所まで用意して貰う訳には……」
ライヤからは謙虚に断ろうとしているように見えたが、ルーシャからすれば敵兵と同じ建物で寝ることになる為、流石に気が休まらないと断ろうとしていた。
「遠慮しなくていいから。ね?」
ライヤから絶対に逃がさないという圧を感じて、ルーシャはこの場は言う通りにしたほうがいいと本能的に感じ取った。
「えっと、じゃあすみません。お世話になります」
この街の検問を突破するために利用したに過ぎませんし、隙を見て離れるとしますか……とルーシャは軽く考えるが、ルーシャは既に執着されている事に気づくことはなかった。
「ルーシャ、入るぞ」
ライヤからルーシャを案内した部屋を聞いたロイは控えめなノックをしてから扉を開けた。
「寝ているのか?」
タオルケットもかけずにベットに倒れ込むように寝ているルーシャの姿があった。
「色々あったし疲れていたんだな」
ロイはルーシャを起こさないようにタオルケットを掛けてから優しく頭を撫でた。
「君はどこから何をする為に来たんだ?あの村でみたことは無いしな……家出か?いつか話してくれるといいんだが」
騎士である俺に話せないということは、あまり人に言いたくない事情があるのだろう。
ロイは立ち上がり静かに部屋を出ていった。足音でロイが居なくなったことが分かったルーシャは目を開ける。
「やはり怪しまれていますね。早急にここを離れた方が良さそうですね」
正体がバレたところで負けることは無かったが、作戦の失敗に終わってしまうし、これからは魔族が人そっくりに化けられると広まってしまう。そうすれば潜入や諜報活動が難しくなってしまう。
ルーシャに睡眠は必要なかったが気疲れしたため、考えるのは明日にして目を閉じて休むことにした。
「ロイ団長、お疲れ様です。あれ?ルーシャちゃんは来ないんですか?料理作っちゃいましたよ」
「疲れて眠ってしまったのだろう。料理は後で温め直してやってくれ」
「はーい。それより団長、なんかニヤけてません?」
ロイは指摘されて手で口元を隠した。
「眠っているルーシャが可愛くてな、つい頭を撫でてしまったのだが……あっ、いやなんでもない。とにかく娘がいたらこんな感じかと思ってしまってな」
頭を撫でてしまってのところでライヤがジト目で見ていることに気がついてロイは取り繕ったがライヤに問い詰められてしまう。
「へぇ。寝ている女の子の部屋に30歳のおじさんがヅカヅカ入っていって頭を撫でた……と騎士団に突き出したほうがいいですかね?」
「騎士団長を騎士団に突き出さないでくれ……それとまだ27歳だ」
「それにしてもルーシャちゃんが団長の娘なら俺は団長のことお義父さんって呼ばなきゃですね」
ロイは椅子から立ち上がり腰の剣に手を当てる。
「ライヤ……貴様どういうつもりだ?」
「そのままの意味ですよ……」
剣呑な雰囲気だったがライヤは笑いが込み上げてきて声を出して笑う。釣られてロイも笑ってしまう。座り直すとライヤの作った食事を2人で食べ始めた。
「どんな魔族が攻めてこようとも、どんな魔物が襲いかかろうと守り抜けるくらいの強さが欲しい」
「同感です。副団長に就任して満足して剣の鍛錬を怠っていた自分が恥ずかしいです」
「食事が終わったら剣の修行をしよう。鉄は熱いうちに打て。だな」
防衛都市ラベッタの団長と副団長が国内でも指折りの実力者になるのはまだ先の話。
翌朝、身支度を整えたルーシャはロイの元へ訪ねていた。
「ロイさんおはようございます。私は市場の方に行ってきます」
ルーシャがそう言って部屋を出ようとすると呼び止められる。
「待ってくれ。護衛をつけよう。街にはガラの悪い連中がいる」
市場に行ってそのまま騎士団から離れようと思っていたルーシャは護衛など厄介でしかなかった。
「皆さん忙しいでしょうし、私なんかに護衛など勿体無いので大丈夫ですよ」
「相変わらず謙虚なのだな。だが心配だから1人で行くのはダメだ」
謙虚なのではなく本心からやめて欲しかったが、どこかで撒いてしまえばいいかと諦めて承諾した。
まさか団長本人が付いてくるとは……暇なのでしょうか?と付いてくるロイを横目にルーシャは小さく溜息をついた。
適当に服や生活用品を買って逃げ出す機会を伺っていると道端で大道芸人がパフォーマンスを披露しているのが見えた。
「大道芸か。ルーシャは見たこと……ってルーシャ?」
ルーシャはロイの意識が逸れたタイミングで路地に駆け込み、ロイが慌てたようにルーシャを探しながらどこかに行くのを見送ると、そのまま裏路地を歩き出した。
「ふう……撒けましたか。まったくこの私が逃げ隠れしなければならない日が来るとは」
珍しく文句を言いながら歩いていると前から来る男達から声を掛けられた。
「お嬢ちゃん、ダメだよ。こんな裏通りを1人で歩いてたら怖いおじさんに襲われちゃうからさぁ」
「そうそう、俺らみたいなこわぁいおじさんにね」
「そうなのですか?教えてくれてありがとうございます」
男達は少女が泣き出すか腰を抜かすかと楽しみにしていたが思ったよりも反応がないことが面白くなかった。
「ちっ、つまんねぇ。おいお前らこいつアジトに連れていくぞ。」
「「へーい」」
ルーシャは人目もないしこの場で男達を殺そうかとも思ったがアジトとやらは騎士団から姿を隠すにはもってこいだと思い特に抵抗するでもなく男達に着いて行った。
「親分、なんかあの娘変じゃないですか?」
「そうか?めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか。今から楽しみでしょうがないぜ」
「いや、なんか従順すぎると言うか。俺らをまったく怖がってないというか」
親分と呼ばれた男はチラリとルーシャの方を見るが鼻で笑った。
「自分が何されるか分かってないんだろ」
「待ってもらおうか」
聞き覚えのあるこえがしてルーシャが振り向くとロイが息を切らして立っていた。
「ロイさん……」
まさかこんなに早く見つかってしまうとは。まずいですね、何故逃げ出したのかと聞かれれば誤魔化せる気がしません。もういっその事この場の人間を皆殺しにして……いえ、それだとロイさんと一緒に出掛けた私が真っ先に疑われるのでだめですね。そうなればこの男達がロイさんに抵抗しているうちに逃げるしか無さそうです。頼みましたよ!
ルーシャは焦りながらも思考を巡らせているとロイが鋭い声で叫んだ。
「その娘を離してもらおうか!」
男達はロイの姿を見るとみるみる顔色が悪くなっていった。
「まさか……騎士団長ロイか!」
「嘘だろ!おいズラかるぞ!」
ルーシャは逃げ出した男達の背中を呆然と見ていた。頼みの綱の男達に逃げられてしまい、どうしようかとオロオロしているとロイに頭を下げられた。
「すまない、ルーシャ見つけるのが遅くなってしまった」
「いえ、全然大丈夫です」
寧ろそのまま見つけないでくださいと心の中で願う。
「あいつらに連れ去られて、怖くて抵抗出来なかったのだろう?俺が一緒にいたのにすまない」
ロイが連れ去られたと思い込んでいると分かったルーシャは全力で話を合わせにいった。
「ええ、急に手を引かれて驚いて声が出ませんでした。ですがロイさんは悪くないです。私が不用意に裏路地の近くを通ったせいなので」
ルーシャは自分の嘘でロイを落ち込ませるのは少々気が引けたのでフォローのつもりでそう言った。
「ルーシャは本当に優しいんだな。俺は君に慰められてばっかりだ」
ルーシャはそんなこと無いですよ。と愛想笑いをして今は逃げることを諦めてロイと共に騎士団詰所へと帰った。
その夜。街の裏路地にある一件の家で男達は酒を飲んでいた。
「くっそー!あの銀髪の娘欲しかったなー!」
「親分、でも騎士団長相手じゃ勝ち目ないっすよ」
「そうだけどよぉ……」
彼らは誘拐や強盗などをしているゴロツキの集まりだった。
「あの容姿だ、売ってもめちゃくちゃな高値がついたぜ?ちょっと遊んだ後に売ればこの先しばらくは金に困んなかっただろうよ」
「楽しそうな話をしているな?」
男達は酒に酔っていて声を掛けられるまで2人の男が入口から入って来ていたことに気が付かなかった。
「誰だてめえら!」
「騎士団長ロイだ、昼間はよくもルーシャを……」
「騎士団副団長ライヤ。ルーシャちゃんに手を出してタダで済むと思ってんのか?」
ゴロツキ達は悟った。自分たちは手を出してはいけない存在にちょっかいを掛けてしまったのだと。
「これで全部か」
ロイがゴロツキをロープで縛り付けながらライヤに聞く。
「ええ、生活用品の数や靴を見た感じ3人で住んでいるみたいです」
「そうか……はぁ。護衛として付いていったのに不甲斐ない」
「外に出て怖い思いをさせるくらいならいっそ、安全な部屋の中に監禁したいくらいっすね」
ライヤがボソッと言ったのでロイが聞き返す。
「何か言ったか?」
「いいえ。何も」
「?」
騎士団の詰所で休んでいたルーシャは悪寒を覚えた。
くしゃみをして、オートマタってくしゃみ出るんですねと呑気に思い、ライヤに教えてもらったホットミルクを入れるのだった。