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帰ってきた家の中で、私は絵の包みを開いた。
天使だ。どうみても天使だ。羽が背中から生えている。
どうして、先生は私に羽を描いたのだろう。どれだけ考えても、分からなかった。
先生のことを思い起こす代わりに、絵を眺めるのが日課になった。描かれた羽が、とても緻密に書き込まれていることに、私は気がついた。先生は鳥の絵を描くのが好きだったなとも思った。
私の名前は、懐かしい癖のある字で、絵を邪魔しないようにかひっそりと書かれている。先生が私の名前を書いた。それだけで、こみ上げてくるものがあった。想いを寄せているのは私だけで、先生は私を一生徒としか見ていなかったから。それが教師として正しい態度だと分かってはいたけれど、私だけを見てほしいといつも不満に思っていた。
だけど、どうだろう? この絵を描いている時だけは、先生は、きっと私のことだけを考えていたはずだ。
その時、私も絵を描きたいと思った。
画用紙に、鉛筆で。描くのは先生だと決まっている。まず名前を一番下に書いた。何遍も書いた。書くたびに何だかよく分からない感情が溢れ出すようだった。
半日かけて鉛筆を置いたときの絵は、我ながら全然先生に似ていなかった。大笑いしてしまった。だって、バックに花なんか描いていたんだから。
それから、はっと気がついた。
私が先生の背景に花を描いたように、先生には私に羽が生えているように見えたのか。空を飛ぶための羽が。
それは愉快で、切なくて、腹立たしくて、希望に満ちた発見だった。私はまた大きな声で笑った。それから、声を出さずに泣いた。絵を胸に抱きしめて。
その後親友に電話して、ご飯に行こうと誘った。今までのお礼がしたかった。明日は、大学に行こうと決めた。絵も、今まで以上に沢山描きたい。
私は、先生のいない世界でも、めいっぱい生きていく。何百、何千の羽毛を描いた時、先生は私がこの羽で飛ぶことを望んでいたのだから。