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『力を持たず、父の声も聞けぬお前は愛し子とは言えない。よって聖都からは追放し、今後一切の立ち入りを禁じる』
仕事を終えたロゼはカレンの家で湯を借り、また煉瓦亭の自室に舞い戻ってベットに転がった。寝返りをうつと、木製のベッドが軋む。この地域の春は穏やかで、薄ふとん一枚で十分に暖かだ。
ロゼは布団から手を伸ばし、ベッド下の鞄から青緑に輝く石を取り出した。闇夜でも薄明るく光るそれは、希少な霊力の塊だ。
ロゼは便宜上、自分以外の愛し子を兄や姉と呼ぶが、精霊王から命を受ける自分達に血縁はない。人間でありながら最も精霊に近い、特異な存在。それが愛し子だ。ロゼは愛し子たちの中で一番若く、最も歳のいった長兄「歓びの愛し子」とは50近く離れている。
ロゼより後には愛し子は生まれていない。現代において最後に生まれ、その上能無しの愛し子ロゼ。その存在が知られてしまえば、精霊教のこの先を危ぶむ教徒が出てくるかもしれない。それでなくとも精霊教は一部の国家と関係が悪く、近年それは悪化の一途を辿っている。
(なぜお兄様は、私を自由にしたのだろう)
殺せばよかったのだ。本当に秘密にしたいのならば、決して知られるな、などと口約束で縛るのではなく、口にできないようにしてしまえばよかった。けれど兄はそうしなかった。旅支度に、金貨と共に入っていた「おまけ」は、2つの霊力の塊だった。使い捨てだが、これがあれば精霊を使う力のないロゼであっても強力な霊唱を唱えられるだろう。
一体誰が入れたのだろうか。なんのために?
『その魂尽きるまで、精霊王の愛し子であるとは知られるな。お前はこの瞬間から父なる王とは心交わさぬ只人と心得よ。万が一愛し子と名乗りをあげたときは、父、そしてこの聖都に仇なす存在とみなす。二度とその魂がこの世に戻れると思うな』
ロゼは、自発的に死にたいと思ったことはない。変化に乏しく空虚な日々を送ってはいたが、いつかは自分の魂も精霊の元に帰り、次はシダの葉にでも変わりたいと常々思っていた。兄の宣言は、ロゼが愛し子を名乗ろうものなら魂ごと消滅させるぞという脅しだ。それはできれば遠慮をこうむりたい。
(お兄様は、精霊教の危機に繋がるから、私に愛し子を名乗って欲しくない。でも聖都から私を自由にして、只人として生きろという。どうして?)
追放されてから半年、特にやっと生活が落ち着き仕事にも慣れた最近は、その理由を頻繁に考えるようになった。何度も考え、けれどいつも答えは見つからない。
悩みはするが、その悩みはあまりロゼを苦しめない。生活は充実しているし、人々は優しい。ただこの毎日が、できるだけ長く続けば良いなということ以外、あまり将来のことは考えなかった。
(トアン大神官。できたら会いたくないなあ)
今日アスランから聞いた名前の「意地悪な大神官」を脳裏に浮かべながら、ロゼは眠りについた。