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 トアンは考えていた。


「トアン大神官んんん、俺、俺もう無理です、なんで俺みたいな下っ端が国王陛下の対応なんですか、絶対おかしいですって。トアン大神官の仕事じゃないんですか!?」

「元気そうだなアスラン。その様子なら領主もまとめて頼めるな?」


 アスランは声にならない悲鳴をあげたが、トアンは気にする様子もない。また机に向かい、そこに広がる資料を眺める。けれどその目は資料を見ていないようだった。


「トアン大神官、私にももっと重要な役割をください。愛し子様のご来訪ルートの安全は確保しましたし、守備も万全です。街の霊唱も、言われた通りに張り終えました」

「ご苦労だったな。ではお前にしか頼めないことを頼もう」

「はい!」

「シュリヨンの森だ。お前の霊力なら……そうだな、200メートルに一つあればいいだろう。願望は監視だ、さあ頑張れ」

「200メートルって、森がどれだけ広いか」

「よくわかっているお前にしか頼めない、オリヴィア。頼んだぞ」


 オリヴィアは開いた口が塞がらない様子だったが、やはりトアンは気にしない。


 トアンには珍しいことだったが、彼は考えている内容になんの結論付けもできないでいた。ヒントはいくつもあるようで、それらが綺麗に繋がらない。自分の推測がおそらくかなり真実に近しいことには確信を持っていたが、最後の最後でそれを確かだと言い切れる要素に欠けている。


 トアンは資料をどかし、代わりに本棚から一冊の本を取り出して、それを広げてみる。始まりの愛し子の「世界録」。トアン自身何度も読み返した本だ。こういう時に思わぬ叡智を授けてくれることがある。


「うわ、こんな時に読書なんて始めないでくださいよお暇なら手伝ってくださいって!」

「焦ると良いことがない」

「そんな他人事みたいに!!」


 トアンは顔も上げずにアスランに適当な返事をして、ページをめくる。


「あ、そうだ!煉瓦亭のホットサンドありますから、食べてくださいねー!」

「……」


 ここはうるさくて考え事もできない。トアンはため息をついて本を閉じた。


 だがちょうど小腹が空いていた。トアンはありがたくそれを受け取り、包みを開く。肉厚のハムとチーズが挟まったお決まりのサンドイッチ、それから添えられていたのは、


「……ハハ、なるほど、シュリヨンの花か」


 冴え冴えとした青い花、それは森に咲く、シュリヨン。それをそれに添えたのが誰かなど、考えるまでもなくわかることだ。


 トアンはちょっと考えてから、その花を口元に持っていく。それからおもむろに花弁をかじった。


「……確かに、苦い」


 煉瓦亭で働く娘、ロゼ。類まれな能力をもち、その一方で霊力はないに等しい。一般常識を知らず、だがそれを犠牲にして得たかのように精霊や草花、そして霊唱について「だけ」詳しい。

 霊唱の書き換えに加え、反転も、拒否することもできる。あの娘はおそらくもっと、それ以上のことができるだろう。本人がそうと知らないだけで。


 トアンはこの広い大陸で、似たような力をもつ存在を知っている。霊唱を通じて精霊の力を借りるだけではない、精霊そのものと通じ、影響できる者たち。


 その存在が何と呼ばれているかも。


『輝きの愛し子様は、いつ街に来られるんですか?』


 ロゼに聞かれたことを思い出す。


 トアンは、自分がどちらかといえば自分の欲求に正直で、そしてその優先度を高くもつ人間であると自認している。だがことこのことに至っては、少々持て余していた。


「さて、どうしたものかな……」


 トアンの指が弄んでいた花から離れる。青い花弁はひらひらと舞い、世界録の上に落ちた。


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