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月祭りは夏の満月の日に行われる精霊教の祭りだ。常であれば月祭り当日に街が賑わう程度だとロゼは聞いたが、今年に限っては実際の式典が行われる1週間前からすでに祭りの様相である。
すっかり元気になったカレンと共に煉瓦亭も再びその門扉を開き、あらゆる都市から訪れる旅人や観光客たちで店は日々賑わっている。
煉瓦亭が営業を再開して、アスランやドゥールだけでなく、トアンもまたしばしば顔を出すようになった。ロゼは素直に嬉しい。トアンには謎が多いが、ロゼはカレンたちと同じようにこの男のことも好きだと思うからだ。
「トアンさん、あの……『輝きの愛し子』様は、いつ街に来られるんですか?」
ロゼはその日も昼過ぎにやってきたトアンに、意を決して聞いた。名前を口にしただけで手が震えそうだったが、どうにか平静を装おう。
トアンが真顔のままロゼをみる。
「珍しい」
「え?」
「アンタが精霊教や愛し子に興味があるとは思わなかった」
これまで一切話題に出さなかったことを気づいていたのだろうか。トアンは物珍しげにロゼを見て、それから教えてくれる。
「愛し子が街にくる日は神官たち以外には教えられない。だが月祭りの当日は当然神殿にいる。会いたいのか?」
「……はい」
トアンはおそらく、からかうつもりで会いたいのかと聞いたのだろう。肯定したロゼに少々驚いたように軽く目をみはって、それから続けた。
「一般市民が会うのは難しいだろうな。……なぜ会いたい」
聞けば当然聞き返される。ロゼもわかっていたことだ。だがなぜ会いたいのかと改めて問われると、はっきりした答えは準備していなかった。
「聞きたいことが、あって……」
口ごもりながら答えるロゼに、トアンはそれ以上追求しなかった。そうか、とだけ言って、少し考えるように視線を逸らす。
ロゼにはいまいちわかっていなかったが、愛し子というのは誰でもが簡単に会って話せるような存在ではないらしい。神官たちですら、よほど位が高くなければ姿を見ることも出来ない。先日アスランからそう聞いたロゼは、その話に大きな違和感を覚えた。ロゼがこれまでに読んだ本では、多くの愛し子たちが街で暮らし、その悲喜交々の中で生活を送っていたからだ。
いつから愛し子とは崇められる存在となったのだろう、ロゼはふと思う。
「……月祭りの翌日、夜明け前に」
「え?」
「古の霊唱を見に行ってみろ」
見に行ったら何があるのか、トアンははっきりとは言わなかった。その日その時、その人はどうしてそこに来るのかも。けれどロゼの心は決まった。
「はい、ありがとうございます」
礼を言うロゼにトアンは何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わなかった。




