表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

19

 しばらくぶりにロゼがトアンに会ったのは、それから数日が経ってからだった。だがその数日間はロゼにとって充実したもので、その日もロゼは機嫌よく、カレンの家からシュリヨンの森に向かうところだった。


 カレンにはあの翌日、なんでもやりますやりたいですやらせてくださいと勢いに任せて強引に押し、それからは料理を学ぶという名目でカレンの食事の世話をすることになった。


 ドゥールの鍛冶屋を訪ね(これまで一度もそうしたことがなかったことをロゼは恥じた)、近況を聞き、それからドゥールが呼んだアスランと三人揃って昼食をとった。アスランは元気そうで、「忙しいよ〜〜〜あのトアン大神官ですら真面目に働いてる」とロゼに教えた。真面目に働くトアンがどういう様子なのか、ロゼにはあまり想像がつかなかった。


 ルイとはあれ以来、時間を合わせて森で会うようになった。霊唱教室を開いたり(書き換えはやはりうまくいかないようだった)、他愛もない雑談をしている。


 ロゼは今日もこの後ルイと会う約束をしている。煉瓦亭を通り過ぎもうすぐ森の入り口というところまで差し掛かった時、


「元気そうだな」


 声をかけられ振り返ると、ちょうど兵士たちの詰め所から出て来たらしいトアンだった。


「トアンさん!こんにちは」

「こんにちは。どこへ行くんだ?」

「森です。ルイと会う約束をしてて」


 笑顔で返すロゼに、トアンは軽く眉をあげ、それから面白そうに笑った。


「随分仲良くなったな」

「はい!ルイは面白いです。トアンさんはお元気ですか」


 ロゼが尋ねると、トアンはため息をつく。


「元気ではないな。面倒ごとが続いて疲れた」


 うんざりした様子のトアンに、ロゼも頷く。


「みんな忙しそうですね。今年の月祭りは今までで一番賑わうだろうってドゥールさんも言ってました」


 愛し子の来訪。それは人が生涯に一度経験するかしないかの特異なことだ。彼らは普通聖都から出てこない。ロゼはそのことを最近になって初めて知った。自分のように、聖都しか知らない愛し子というのは別に変わったことではないらしい(ロゼに至っては聖都しか知らないというより、聖都の限られた部屋しか知らないのだが)。


 ロゼは「始まりの愛し子」のように大陸を旅した愛し子を著者として何人か知っていたのでそれに驚いたが、世間では常識のようだった。


「そうだな。近隣の都市からも人が集まる。王まで来るというので、領主もさぞ心労をためているだろう」


(王様)


 ロゼは君主制を知識として理解している。だが元来聖都はあらゆる国の理が及ばない治外法権であり中立……実態がそうではないらしいとはロゼであっても多少知っていることではあるが、そういう建前だ。

 ともかく「王」とその人々にもたらす影響がわからず、ロゼはしばし考えることとなった。


 首を傾げるロゼを、トアンは知った風に笑う。


「定まった土地の管理者として生まれついた只人というだけの地位だ。深い意味はない」


 それから、カレンさんの調子はどうだ、と続ける。ロゼはトアンがカレンを気にかけてくれることが嬉しく、笑って答えた。


「随分良くなりました!もうすぐお店も開けられそうです。アスランから聞いたんですか?」

「情報源は色々ある。アンタも元気そうでよかった。ルイに霊唱を教えているらしいが、俺には教えてくれないのか?」

「どの口が言うんですか……」

 

 一度として聞かせてくれないくせに、とロゼが半眼で訴えれば、男は目を細めて笑う。その様子に、自分はまだおあずけを食らうらしいと悟って、ロゼは続けた。


「教えてはいないです。ルイは私に教わらなくても十分歌えますし」

「どうだろうな。俺もアンタに教えを乞いたいところだ。それに」


 あまりアイツとばかり仲良くされると妬ける、などと軽口を叩く。


 その言い様にロゼは不服も露わに、


「私、寂しかったです」


 トアンは目を見張った。ロゼは気にせず続ける。


「その上、拗ねました」

「ほう」

「私のこともかまってください」


 ルイにそうと指摘され、ロゼは自分の「寂しさ」を自覚した。しばらくちょっかいを出してきたくせに、それが急になくなると寂しいのだ。そしてその寂しさは直接伝えるべきもの、とも学んだ。


 ルイが人付き合いの指南に適した人材かどうか、ロゼには知る由もなかった。


 恨めしげな視線を送るロゼをトアンはしばらく無言で眺め、それからそのお団子頭にポンと手をおく。

 なでなで、とでも言うべき仕草でトアンの手が動くので、ロゼはムッとした。


「……なんで撫でるんですか」

「かわいいなと思って」


 やはり犬だと思われているのでは、と思ったが、ロゼは言わずにおいた。少なくともこの人が自分を慰めようとしているらしいとはわかったからだ。犬か何かとして。


 トアンはそうしてロゼの頭を撫でていたが、ややあって、


「行くか」

「どこへですか?」

「森へ。やっぱり俺もアンタに教わることにした」


 とうとう、ロゼはトアンの霊唱を聞く機会を手に入れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ