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「拘束」の霊唱はルイに歌い返してもらった。それから何度かルイはロゼのいう通りに書き換えを試してみたが、うまくはいかなかった。
「うーん、大前提として、自分以外の人が歌った霊唱じゃないから……」
「それはそうだな。今度トアンの霊唱で試すか」
なんでもないことのようにルイが言う。ロゼはあまりの驚きに声を失った。
「ルイ、トアンさんの霊唱を聞いたの」
「ァア?そりゃ礼拝とか、てか結構気軽に歌うぞアイツ」
「ええー!私一回も聞いたことないのに」
ルイとトアンの関係などたかだか1週間かそこらだというのに、と思ってから、自分とトアンの関係も1ヶ月あるかないかだな、とロゼが思い至るまでに時間はかからなかった。
とはいえロゼはこれまでに何度も懇願し、そして一度としてその願いを叶えてもらえなかったのに。
「いいな……ルイ、トアンさんと仲良しなんだね。呼び捨てだし」
「気持ち悪い言い方やめろ。仲良しなわけねーだろ。俺はもう神官としてここにいるわけじゃないから、アイツにへり下る必要もないってだけだ」
心底嫌そうな顔をしてルイが言う。それから、神殿の宿所で暮らしているのは便宜上そうしているだけだ、と補足した。
そうか、ルイは神殿にいるのだ。ロゼにとっては近くて最も遠い場所。聖都を追放されて以来、ロゼは神殿には足を踏み入れないことにしている。そうしろと言われた訳ではないが、ただあそこはあまりにも「精霊王」と近い気がして、避けていた。
「じゃあアスランとも会うの?元気?」
「ああ、昨日アイツと、あと街の鍛冶屋の兄さんと飲みに行った」
「ええっ、ドゥールさん!?」
ロゼは驚いて、それから妬ましさをその顔いっぱいに広げる。自分はどちらともしばらく言葉を交わしていないのに、ルイは街で暮らして早々仲良くなっている。
「なんだよその顔」
「いや……羨ましくて」
「はぁ?なんで」
「だって、私も仲良くしたいのに」
すればいいだろ、と軽く返されたので、ロゼはムキになって説明した。
二人は恩人で、自分が居候する煉瓦亭の常連客だったから繋がりがあったが、店主のカレンが体を悪くして店が休んでいること。それで二人に会う機会がないこと。それからカレンのことも、手伝いたいのに距離を取られていること。だからルイが気軽な様子で人々と仲良くしている様を、羨ましく思ったこと。
ロゼの説明を聞き終えたルイは、なんだ、とあっけらかんと言う。
「お前、寂しくて拗ねてんのか」
(さみしくてすねてる)
ロゼは軽い衝撃を受けた。自分は寂しかったのか、拗ねていたのか?それはどちらも、ロゼが自覚したことのない感情だ。
「別にその食堂でしか会っちゃいけないルールないだろ。会いたきゃ会いにいけばいいんじゃねーの」
「な、なるほど」
「そのおばさんのことだって、それあっちはただの気恥ずかしさだろ?もっと手伝いたいなら無理やりそうすれば」
会ったばかりであるのに、ルイならそうするだろうことがロゼには簡単に想像がついた。この青年が足でドアを蹴り開けるイメージがよぎる。
ロゼはカレンの態度を、「拒絶」ととった。生活の世話を頼めるほど信頼のおける相手ではない、とカレンに言われているように。しかし改めて考えれば相手はあのカレン。ぶっきらぼうで言葉足らずで、でもどうしようもなく優しい人だ。
(私は寂しくて、拗ねてたの?)
アスランにもドゥールにも、会いたければ会いにいけばよかったのだ。これまでロゼは自分から能動的にそうしたことがなかったと気づく。いつもロゼは、相手が来るに任せていただけ。
「……ルイ、私はいますごく目が覚めた気がする」
「おん?なんかよくわかんねーけど、そっか」
「うん。ありがとう」
ロゼには、少しだけ自分のやりたいことがわかった気がした。
月祭りも兄のことも、自分の役割のこともわからない。でも、自分はここでの暮らしが好きで、この街が好きで、そしてそれはロゼを助けてくれた人たちがいてこそのことだった。
親切を受け取るだけでなく自分からも返せばいいのだ。
自分はあの人達ことが好きなのだ。
「『人の情けを知りその尊さに涙す時、己の務めを真に理解せん』」
「なにそれ」
怪訝な顔をするルイに、「世界録」と答えてロゼは笑った。
やるべきことがわからないなら、できることを。
自分のやりたいことをやるしかない。
それからロゼとルイは気を取り直して「霊唱教室」を再開し、それは日が暮れるまで続いた。ロゼは、明日はカレンの家の扉を蹴って開ける勢いで突撃するのだ、と心に決めて、その夜は久しぶりにぐっすりと眠った。




