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「それで、なにからやればいい」


 ロゼが他に良い場所を思いつけなかったので、二人は森の中、例の霊唱陣の前にいた。ルイはしばしその偉大な霊唱をへ〜などと言いながら眺めていたが、すぐにロゼに向き直ってそんなことを言う。


 ロゼは困った。書き換えを教えるとは、どうやってやればいいのだろうか。ロゼは人に物を教えたことなどない。


「……じゃあ、守護を歌って。対象は私にしてね」


 とりあえずやって見せることしか思いつかずロゼは言った。


「わかった」


 ルイは簡潔に返事をすると、さっそく霊唱をはじめる。

 途端、かなりこの状況に戸惑っていたはずのロゼは、


(わあ、伸びのある声!シエントラ、アリエ……なんて率直な歌!)


 いつぞやトアンが称したところの「よだれを垂らす犬」そのものの表情で、ルイの霊唱を大変に楽しんだ。


 歌い終えたルイとロゼの間に、淡く光る、白ぼけた灰色の陣が浮かび上がる。願望は頼んだ通り、守護だ。


「できたぞ……」

「すごく良い!ルイ、この前はわざと南の霊唱に寄せてたの?全然違う。とっても良いよ!」


 勢いよく褒め称えられ、ルイはたじろいだ。


「そっか、ルイは東の神官だから讃美にアリエを歌うんだね。でも供物はシエントラ。どうして?」

「聖都訓練期間にそればっかり歌ったから……そっちのほうが歌いやすいんだよ」

「そっか!わかるよ、すごく堂々としたシエントラだった」


 もしかすると精霊には「ちょっと偉そう」と思われかねない堂々さでもあったが、それはそれで個性的でよい、とロゼはにこにこした。


「願望の部分もとてもよかった。力強くて素直な霊唱だね」

「お、おう……」


 ロゼに独特の講評を寄せられ、ルイは戸惑いながら答える。

 実際ルイの霊唱はその正確性に欠け、繊細さもない。効力が高いかというとそれほどではないだろう。混められた霊力も多くはない。


 だがロゼが思うに、霊唱において最も大事なのは、その人が精霊と向き合う態度そのものなのだ。


 ルイの向き合い方は、とても真っ直ぐだ。直接的で嘘や誤魔化しがない。気持ちの良い霊唱だな、とロゼは思った。


 まだまだいい足りないロゼであったが、


「もう俺の霊唱についてはいいから!書き換えを見せてくれるんだろ!?」

「あ、そうだった」


 手放しの称賛にいたたまれなくなったルイが、半分怒鳴るように言う。


「じゃあ、えーっと……」


 ロゼは改めて考えてみた。自分が霊唱の書き換えを行う段階。


「まずは呼びかけ。陣に集まってきた精霊に呼びかける。これには元の霊唱で使われてるのと同じ序歌を歌ってあげて……」

「待て、元の歌をその場で聞いてなければ序歌がなんだったのかなんてわからないだろ」

「わかるよ。陣の色とか形とか、あとに続く歌とか……色々特定する要素はあるから」


 序歌はいわば精霊への挨拶、自己紹介のようなもので、文様としては現れない。これにはいくつかの決まったフレーズがあるが、どれを歌うかは歌い手が自由に決める。

 すでに少々引き気味のルイをそのままに、ロゼは続けた。


「序歌で精霊が応じてくれたら、供物も讃美も飛ばして願望を歌う。それで終わり。やってみるね」


 正直にいえばルイの陣を書き換えてしまうのはもったいなく感じたが、このために歌ってもらったものなので致し方ない。


 ロゼはまっすぐに陣をみつめ、序歌から歌う。願望は、結果がわかりやすいよう「拘束」に。


「うわっ……と。できた」


 歌い終わるやいなや、ロゼの両腕は不自然に揃えられ、ピンと伸びたまま動かなくなる。「拘束」が働いた。

 陣をみれば、その願望は書き換えられ、そして文様は灰色から銀色へと色を変えている。


「供物とか讃美もあわせて歌えば変えることもできるけど、元の霊唱でちゃんと歌われてるならそのまま残すことにしてる」

「……」

「この間ルイたちが歌ったような簡略な霊唱は、むしろ供物や讃美を足してあげたほうがこちらに応じてくれやすいから足したんだけど……ルイ?」


 なにも言わないルイを不思議に思ってそちらを振り返ると、彼は目を見開き、棒立ちの状態だった。


「……やっぱお前やべーだろ」

「えっ」

「いや、改めて見て実感した。まず歌い直された序歌に精霊が応じるの時点で意味がわかんねえ」


 確かにロゼが読み漁った記録や書籍には一度も霊唱の書き換えは出てこなかった。だがロゼには、自分がそれをできることのすごさがいまいちわからない。


「でも私、逆に書き換えしかできないの」

「はあ?」

「霊力のある霊唱ができない。私が自分で歌ってもダメなんだ」


 ロゼが白状するようにいうと、ルイはすっかりお手上げと言うふうに肩をすくめる。


「なんだそりゃ。あべこべだな」


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