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15

 カレンが腰を痛めた。

 それで、ロゼの逃亡計画は中止せざるを得なくなってしまった。


 ちょっと痛めただけだ、と本人は言うが、ベッドから立ち上がることもままならない様子だ。煉瓦亭はしばらく休業することとなり、ロゼはカレンの生活の手助けをしている。とは言っても、カレンは何日かに一度の買い出しこそロゼに頼んだが、それ以外の身の回りの世話は頑としてやらせようとしなかった。曰く、そんなのは情けない、と。


 ロゼはそれでも一日一回はカレンの元を訪ねたが、今日も特にすることはないと帰されたところだった。心もちトボトボと、煉瓦亭への帰路を歩く。


 神殿周りは最近騒がしい。夏の月祭りまであとひと月もない。忙しくしているのであろう、トアンの呼び出しもなくなり、煉瓦亭が開いていないためアスランやドゥールと顔を合わせることもない。


 ひと気のない煉瓦亭で寝起きする生活は、聖都での日々を思い起こさせる。ロゼは知らずのうちに気落ちし、柄にもなく後ろ向きになる自分の思考に気づかずにいた。


(逃げたらいい。ここにいたって誰の役にも立っていない)


 でもそれは、結局考えたくないことから目を逸らしているだけなのだ。兄は愛し子を名乗るなと言ったが、二度と自分の視界には入るなとは言わなかった。会って聞けばいい。なぜ追放したのか。何をして欲しいのか、と。


(でもそれを本当に聞きたいのかどうかがわからない。私は、「私」がやりたいことは……)


「オラァアッ」


 威勢がよく治安の悪い掛け声に、ロゼは心臓が飛び出るかと思った。

 振り返ると、焦げ茶の髪を後ろに短く縛った青年が、民家の扉を足で勢いよく蹴りあけたところだった。麻のズボンに、シャツは肘まで捲られている。

 家の住人と思しき女性が何度か青年に頭を下げているので、彼女に頼まれてのことなのだろうか。


 呆気に取られたロゼがぽかんと眺めていると、青年と目があった。


「あっ、お前!」


 意志の強そうな眉に、強い視線。


「ああ!」


 ロゼは思い出した。

 トアンが「人質」にした彼だ。


「おい、お前には聞きたいことが色々あるんだよ!ちょっと来い!」

「ええっ、あの、ええ〜」


 男はロゼに大股で近づくと、勢いよく腕を捕む。困惑するこちらの様子などお構い無しに引っ張られ、ロゼはそのまま引きずられて行くのだった。


 そうして連れ込まれたのは、なぜか中心街のカフェ。


(初めて入った……)


 青年は注文に戸惑うロゼを見ると自分と同じものを頼ませ、なぜか今ロゼは陶器のカップに入った紅茶とケーキを目の前にしていた。なぜ。


「俺はルイ」

「へっ、はい。こんにちは。ロゼです」

「知ってる。食えよ」


 トアンといいこの青年ルイといい、なぜ自分の周りにはこうも強引な人間が多いのだろうか。もしかしてロゼが押しに弱いだけか、と気づいてちょっと嫌になる。


 そうして流されやすいロゼは、ともかくケーキを口に運んだ。白いクリームがふわふわだ。


「それで、お前はなんなんだ」


 単刀直入がすぎる、とロゼは思った。


「ええ、何がですか……」

「お前の霊唱だよ!トアンに聞いてもはぐらかされてばっかりで埒があかねえ。お前なんなんだよ」


 ここまでストレートに自分の正体を聞かれたのは初めてで、ロゼはケーキが喉につっかえそうになった。この人は勢いが良すぎる。


「えーっと、あの、ルイさん」

「ルイでいいよ。同い年くらいだろ」

「あ、はい、じゃあルイ」

「敬語もやめろよ」


 その上かなり気安い。トアンとは全く違うタイプの強引さだ。もうロゼはいっそ流されるに任せることにした。


「じゃあルイ。ええっと、トアンさんのところで働いてるの?」

「そうだ。あいつ頭イかれてる。何が人質だよ、俺は小間使いにされてる」


 言いつつも、そう悪く扱われていないのは明らかだ。ルイはこうして自由にしているし、なぜかカフェでケーキを食べている。


 自分を罠にかけようとした相手を、逆に捕らえて小間使いにする大神官。


(すごくトアンさんらしいなあ……)


 自分も弱みを握られ協力させられていたことなどすっかり忘れて、ロゼはしみじみと思った。そういえばしばらく会っていない。


「トアンさん元気?」

「ァア?元気もクソもねーよ。嫌味を言わずには喋れないのかって感じだ」


 元気そうだ。


「それでお前、なんなんだよ」

「なにって言われても……なんでもないよ」

「なんでもないやつは霊唱の書き換えなんてできねーんだよ」


 ポンポンと言い返されロゼは困った。でもルイの聞き方は直接的で、トアンのように相手を誘導するものではない。


 素直な人なんだな、とロゼは場違いなことを考えた。


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