13
青年、ルイは自分がつかの間眠っていたことに気づいた。椅子に麻縄で拘束され続けているせいで肩も腕も腰も痛い。神殿に連れ込まれた初めは布を口に押し込まれていたが、何かわからない白い液体を飲まされ、そのあとそれは取り除かれた。
窓からは薄く月明かりが差し込んでいる。もう夜だ。
ルイは試しに口元で小さく霊唱してみるが、陣は発生しない。もともと多くはない霊力だが、今はまるでそれを根こそぎ奪われてしまったようだ。
(あの薬のせいか?)
「バルエールというんだ」
そこで初めて、ルイはその部屋に自分以外にも人がいたことに気づいた。青い神官服に白金色の三つ編み。尊大な態度で自分と斜向かいに置かれた椅子にゆったりとかける、忌々しい存在。
精霊教の大神官。最年少にして最強の霊力を持つと名高い、トアンという名の男。
「珍しい草だが運良く手に入ってな。新月に咲く花は、霊力を吸収する効果がある」
どんな拷問にかけられたとしても、決して何もいうものかとの決意を伝えるように、ルイは強く男を睨んだ。その視線を意にも解さず、男は気安い様子で続ける。
「リーヨンは良い街だろう。お前たちも随分気に入ったようだな。これほどまでにのんびりしているとは、もう観光もし尽くしたんじゃないか?」
いちいち嫌な言い方をする男だ。本来は数日で終えるはずの「計画」にひと月近くかかり、その上失敗したのは他でもないこの男のせいだとわかって言っているのだ。
(この男と、それから……)
ルイたちの計画は思いもよらない形で邪魔をされた。
「滅び」の霊唱を街のあちこちに残す、それだけでよかった。例え精霊教の神官たちに歌い返されようが、短期間でも自分たちの陣がそこに残ればそれでいい。滅びの陣はただの目印だ。この街と森を守る強大な古の霊唱を切り崩すきっかけをつくれれば、それで役割は果たす。
ところが計画は全くその通りに進まなかった。自分たちの霊唱陣は、ことごとく何者かに「書き換え」られた。そんなことはありえない。だが実際に「守護」の願望に変えられた自身の霊唱陣を、ルイは見た。
「しかし罠にかけて仕留めようとは、強引な戦法に出たな。焦ったか?残念だがお前たちの霊唱では、何人がかりだろうと俺は殺せない」
「お前じゃない、あの女……」
「ほう」
言い返せば、トアンは笑みを深くする。その余裕ある態度が気に食わず、ルイはつい言い募る。
「あれはなんだ。でたらめすぎる。四つの陣を同時に「書き換える」だと?ありえない。人間じゃない」
トアンは楽しげに笑った。心底楽しそうに。
「そうだな。俺もそう思う」
「馬鹿にしてるのか」
「していない。言葉の通りだ。卑屈は損だぞ」
本当にいちいち腹の立つ言い方をする男だ、とルイは思った。こちらを挑発し、支配しようとしてくる。ルイは一層気分が悪くなり、口をつぐんだ。それを見てトアンはまた薄く笑う。全て見透かすように。
「お前に聞きたいことなどないさ、エルファーレの神官」
ルイは一気に自分の顔から血の気が引くのがわかった。鼓動が大きく聞こえる。
目を見開いたまま硬直するルイに、トアンが続ける。
「南の異教徒を演じるには人選を誤ったな。あれではよほどの世間知らずしか騙せまい」
実際すっかりそうと思い込んでいたらしい人間に心当たりがあることをおくびにも出さず、トアンは言った。
エルファーレ。ルイの故郷である、東の大国の王都だ。温暖な気候に恵まれ、長く栄えある歴史をもつ、美しき都。
世を騒がせる聖都の覇権争いにおいて、かの国は「慈しみの愛し子」の側についた。
「……神職剥奪など最初から覚悟の上だ。聖都でもどこでも好きに言え」
「ハハ、そんなに暇に見えたか?言いたくば自分で言うといい。俺は忙しいんだ」
暗に、その価値もないと言われ、ルイは歯噛みする。実際言葉の通りなのだろう。自分のような下っ端一人を聖都につきだしたとして何になる。
この男はそんなことのためにここにいない。もちろん森の調査でも、下級神官の昇級試験のためでもない。
ルイにはやっと分かった。ここまで自分たちの計画を、そして裏にいる人物を知った上でここに遣わされた者。
それは「慈しみの愛し子」の陣営に相対する、
「あんたは……」
「さあ、どうかな」
大神官トアンは、美しく笑った。




