たけしのこいのぼり(童話)
たけしは釣りが大好きな小学4年生。いつも学校から帰ってランドセルを置くと、おやつを口にほおばり、そのまま近所の川へ釣りに出かけます。前の日から用意している釣り糸を川へ投げ込んでからようやく一息つき、ゆっくり周りを見渡します。いつも同じ場所に、少し背中が丸まったおばあさんがいます。おばあさんはいつも対岸に向かって手を振っています。誰かいるのかなと、たけしはおばあさんが手を振っている先を見ますが、誰もいません。不思議に思いながらも、これまでおばあさんに尋ねることはありませんでした。
次の日、たけしが釣りに行くと、いつものようにおばあさんは誰もいない対岸に向かって手を振っています。たけしはちょっと勇気を出して、そのわけを聞いてみることにしました。
「ねぇおばあさん、いつも誰に手を振っているの?」
おばあさんは微笑んで答えます。
「私には見えるのよ。まだ小さい息子のひろしが向こう岸で、こいのぼりを持って走り回っている姿が・・・」。
おばあさんは少し悲しそうな顔をして話を続けます。
「ひろしがちょうどあなたくらいのとき、子どもの日の前に、小さなこいのぼりを買ってやったの。大きいのは買えなくてね。でもひろしはそのこいのぼりが気に入って、そこいら中こいのぼりを持って走り回っていたのよ。でもね、あるとき、ひろしはこの川に遊びに来て、足を滑らせ、川に落ちて死んじゃったの・・・」。
そこまで話すと、おばあさんの目には涙がいっぱいたまっています。
その話を聞いたたけしは、おばあさんに何かしてあげることはないかと考えました。
「あっそうだ!」といいことを思いつきました。その日の釣りは中止です。走って家に帰ると、早速画用紙いっぱいに鉛筆でコイの絵をかき、次にクレヨンで表と裏に色を塗りました。その絵をハサミでていねいに切り取り、釣り竿の先に取り付けます。お手製のこいのぼりが完成しました。
次の日、たけしはそれを持って、いつもの川に向かいました。きょうはちょっと遠回りして、近くの橋を渡り向こう岸まで行きました。いつも釣りをしている場所の向かい側までやって来たとき、おばあさんの姿が見えました。たけしはここぞとばかりにこいのぼりを持って、一生懸命あたりを走り回ります。それを見たおばあさん、最初はきょとんとしていましたが、きのう話をした少年だとわかると、いつもより大きく、力を込めて手を振りました。おばあさんの目から大粒の涙がこぼれます。今度はうれし涙です。たけしはまだ走り回っています。
おばあさんはにっこりして独り言を言いました。
「あしたはひろしが大好きだったかしわもちを買ってきて、あの子にプレゼントしようかな・・・」。