24 周囲では
「仕方ねぇな、寝てろよ」
見張りのために彫師に同行している男は舌打ちしながら部屋を出て行った。
仲間へ連絡をしに行ったのだろうかと思いながら、安宿の湿気った寝床で小さく頷く。
再び先日のふたり連れに会えないだろうかと思いながら目的地へと進んでいたが、会うことは出来ずにいた。
(……向かう場所は伝わっただろうか)
渡した袋に目的地である工房の住所を縫い付けたが、気づいただろうかと天井を見上げる。
万が一ならず者にみつかったとしても気づかれ難いよう、小さく、袋と同じ色の糸で縫った。
(……コリン……)
自分の到着を今か今かと待っているだろう孫息子の顔を思い浮かべる。
今後己に仕事をさせるため、それが終わるまではコリンも彫師も安全が保障されている。
(しかし、目的を達成した後は?)
早くコリンの無事を確認したいものの、出来る限り時間を引き延ばしたくて仮病を使っているのだ。少しでも到着の時間を遅らせ、今後どうするか考えを纏めたかったからだ。
見張りについているならず者は、口は悪いが手荒なことはしない。今後大きな仕事が待っているからなのだろう。
このまま逃げ出して騎士団や自警団に自首したとして、コリンの安全が守られるとは到底思えなかった。
どうすればいいのか解らない。
苦々しい気分に、彫師はため息すら呑み込んで見つめたままの天井を睨みつけた。
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「う~ん?」
エストラヴィーユ王国を大きく横に突っ切って流れるグランヴァリ川。多数の船も行き来する大きな川であり、物や人の運搬にもよく使われる。
その内側の少し離れた場所に、グランヴァリ川よりは小さな規模の、しかし大雨などで氾濫を起こすなかなかに手強い『荒ぶる川』と名高いヴィオレント川がある。
ウィオレント川は隣国とフォルトゥナ領、王都イースタンを流れ海に注ぐ川だ。
川幅や流域面積はグランヴァリ川に及ばないものの、便利な水の足として利用される。
グランヴァリ川は途中フォルトゥナ領を離れローゼブルク領とサウザンリーフ領の境目を走るが、ヴィオレント川はフォルトゥナ領を縦断して、今回の目的地であろう南東部の工房地帯の近くを通っている。
「目立つ昼は陸路、夜に一気に水路ってところですかねぇ?」
ジェイはそう独り言ちると、周囲の変化に気づきそうな人間がいないかあたることにした。
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病気の家族を診てくれる医者の所へ行くと言って行方不明になった彫師は、年齢もあってか孫息子以外に身寄りはなく天涯孤独といってよい身の上であった。
言い訳が正しいのであれば病気なのは孫であろうが、そんな様子は全く見受けられなかったというのが近隣の者達の弁だ。
仕事が仕事だけに家から物音がするのは日常のことであるし、多少の人の出入りがあることも然りである。
若干様子がおかしかったと話す人もいれば、通常通りだったという人もいる。
近所の質屋に持ち込まれた金属塊を手に取ったアンソニーは、その滑らかな金色を検分するように眺めた。
「……これを売っていただくことは出来ますか?」
「え、塊をですか?」
質屋の主人に確認すると驚いたように確認された。
「もしよろしければ、上等な装飾品がありますが……」
そう言って幾つかのアクセサリーを進めて来るが、アンソニーは首を振った。
質屋の主人は残念そうにそれを引っ込めると、塊の重さを量ってみせた。
「それと、これを売った人はこの辺の方ですか?」
「いえ。祭りのために旅行に来たと言っていましたが」
「そうですか……お一人でしたか?」
穏やかに話してはいるが、詰問されているかのように感じて主人はアンソニーの顔を見た。
一見穏やかそうな、この辺りでは見たこともない美しい男であるが、底冷えするような視線に内心震えあがる。
「ここに来たのはそうですね……」
言い値を値切ることもなく金貨を数枚差し出すと、金塊を持ち込んだ男の容姿などを聞き取って店を後にした。
再び急ぐことになるため愛馬を労ってからその背に飛び乗る。
質屋の主人は何か事件なのかと気になったが、火の粉がかかるのを恐れて口を噤んだ。そして、医者の所へ行くと言って工房を閉めたままの彫師とその孫息子の身を案じた。
******
「……これは、金貨と同じだな」
アンソニーから早馬で送られて来た報告書と一緒に入っていた小さな金塊。
……金貨を数枚、溶かし丸めたものであろう。
国王と財務大臣であるフォレット侯爵が難しい顔をした。
現在フォルトゥナ領にいるアマンダことアマデウスと、アマデウスに指示されて動いているジェイとアンソニーの報告を纏めれば、どう考えてもアマデウスの予測することに行き着く気がするのは仕方がないであろう。
「至急、騎士団を送りますか? もしくはジェイド公爵に応援を頼みますか?」
「そうだなぁ……奴はどうするつもりなのか」
下手に動いて人質に取られているであろうと思われる子どもの安全を損なうのは本意ではない。
「取り敢えずヴィオレント川の河口の検査を徹底しよう。アマデウスに合流させるのは、選抜した騎士の分隊を送ることにする……大人数だと討伐にはいいが目につき易い。人質がいるようならその安全が最優先だ」
「御意」
フォレット侯爵は礼をとると、急ぎ足で部屋を出て行った。
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