23 南下中
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本年もよろしくお願いいたします。
道すがら、アマンダとセレスティーヌは袋を託してきた老人を探しながらの旅となった。馬車の中から道行く人を見ては、先日の老人でないか確認する。
……しかしと言うべきか勿論と言うべきか、結果はまるで芳しくない。
「ちらっと見ただけの人間を見つけるなんて無理よねぇ」
それに、きっと先を急いでいるであろう。既にずっと先を言っているに違いなかった。
キャロは深刻そうな顔で外を見るふたりを見遣り、ひげを動かした。黒いつぶらな瞳で飼い主たちを確認すると、同じように窓の外を瞳に映しては首を傾げる。
苦笑いをしたアマンダに大きな手を差し出され、ちょこんと上に乗った。
……セレスティーヌに比べると若干しつこい上に力も強いが、自分を大事に思い扱ってくれていることは解る。そのため大人しく撫でられてやることにしているのだ。更にアマンダの方が甘いので、ナッツだドライフルーツだと言ってはおやつを多くくれるということもある。
どうやら飼い主たちは、厄介事に首を突っ込んでいるらしい。
元々ふたり……いや、もうひとりのおかしなおっさんと出会ったのも、彼らが鄙び過ぎた山村を立て直すために何やら画策をもってキャロのいる村へとやって来たからであった。
ふたりは非常に人が善く、その上厄介事好きであると見えた。
ただのか弱きものである自分を迎い入れただけでなく、意固地な村の年寄りたちを説得して新しい産業を作るという、非常に厄介で面倒そうなことをやってのけたのである。
更に更に、どうも他の場所では偶然発見した盗賊団を捕まえたのだという。
……偶然という言葉はあるかもしれないが、そうそう頻繁に厄介事や面倒事に遭遇することはないであろう。間違いなくアマンダとセレスティーヌが自ら首を突っ込んでいるのであるとキャロは考えている。
今回も仮装をして出掛けた祭り以降、何やら難しい顔をすることが多いふたりであった。
(自分にも、何か手伝えることがあるといいけどなぁ……)
まん丸な黒い目で通り過ぎる景色を見つめながら、ピンと伸びたひげを細かく動かした。
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「セレ、ここに縦ジワが寄っているわよ」
何やら考え込んでいるセレスティーヌに、アマンダが自分の眉間を指差して苦笑いをした。
「申し訳ありません!」
言われたセレスティーヌはびっくりして、己の眉間に指をあてては引き延ばすかのように力を加える。
「……ちょっと降りましょう。手がかりがあるかもしれないし」
半分本当で半分は言い訳である。
わざわざ自分達に接触してきた彫師であるならば、何か目印なり手がかりなりを残していることも考えられなくはない。……基本的には見張りが目を光らせているだろうから、あくまで目を掻い潜れればという但し書き付ではあるが。
本来なら楽しく旅行をしているはずなのに、なぜこんなにも問題に行き当たるのかとアマンダはため息を呑み込んだ。
むしゃくしゃする時には風にでも吹かれて身体を動かした方がいい。
そうと決まれば馬車を降りる。
「それにそろそろお腹も空いたしね?」
腹が減っては戦が出来ぬだ。
ふと香ばしい香りが鼻先を掠め、アマンダは香りの発生地を探す。
近くの店先を見れば、黄金色に揚がったクロケットが山のように並べられている。
クロケットは主に芋を主体に、衣をつけて揚げた料理だ。
マロニエアーブルやクラウドホース、そしてフォルトゥナ領は芋を使った料理も盛んである。
看板を見れば『コインフライ』と書いてあり、一瞬ふたりの間に何とも言えない空気が漂う。……コインに似ているからコインフライなのだそうで……名物という文字には抗えず、幾つか購入することにした。
小さな行列に並ぶと、コインフライの山があっという間に消費されて行く。複数購入する人が殆どなのだろう。
揚げたてのコインフライを手渡され、取り敢えずひとつをセレスティーヌに渡す。
「熱々だから気をつけて」
「ありがとうございます」
セレスティーヌも食欲をそそる香りを嗅いだ途端に、思い出したように空腹を感じた。小さくクゥ、とお腹が鳴る。
恥ずかしさに顔を赤くしてアマンダを見遣るが、気づかないようでコインフライの入った包みを覗き込んでは数を確認していた。
首を微かに傾げてはジッと見つめるキャロと目が合い、そっと唇に指をあてた。
微かに頷いて見えたのは見間違いなのだろうか。
今度は自分の分を取り出したアマンダをじっとりと見つめている。
「……え。キャロってば、流石に揚げ物は怖いわよ……」
視線に耐えられないのだろう。不自然に自分の肩に乗るキャロから顔を背けながら、アマンダは明後日の方を向いた。
「取り敢えずベンチにでも座って食べましょう?」
「はい」
右手にコインフライ、左手に旅行カバンという淑女としてはあり得なそうな格好で、セレスティーヌが頷く。
近くのベンチにふたり並んで座り、揃ってコインフライをひと口。
サクッと小さな衣を齧る音の後に、油と芋の甘い香りが漂う。
酸味のあるソースを纏ったコインフライが、口の中いっぱいに広がる。
素朴だが、なんとも滋味深いそれをゆっくりと味わう。
「美味しいわね」
「美味しいです」
ふたりはモグモグと口を動かしながら、素朴だけれど何とも言えずに旨いそれを褒め称えた。
ふたりの間ではクルミを貰ったキャロがカリカリと小気味よい音をたてながら、ご機嫌で一心不乱に齧っている。
「お芋だけじゃなくおからも混じっているんですって」
「おからですか? 珍しいですね」
「昔、腹持ちを良くするために考えられたそうよ」
おからはトーフやトーニュウを作った後に出る搾りかすであるが、腹持ちがよく美容にもいいという代物である。いろいろと工夫を凝らして食材に再利用されているのだろう。
「知恵ですねぇ」
モグモグと食べ進めながらふと空を見れば、フォルトゥナ領のシンボルでもあるシラコバトが数羽、遊ぶかのように『クルックー』と鳴きながら横切って行った。
更に横を見れば、当たり前のようにジェイド公爵の彫刻が立っている。
「……事件さえなければのどかねぇ」
「……はい」
『うきゅきゅ?』
ふたりと一匹はそう呟くと、揃って手に持っているフライやら木の実やらをもうひと口齧ったのであった。
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