22 深夜
本年の更新はこちらで最後とさせていただきます。
お付き合いいただきまして誠にありがとうございました!
更新開始は1/9を予定いたしております。
またお会いできますことを楽しみにしております。
それでは、良い年末年始をお迎えくださいませ。
「日数もないので深夜襲撃し、そのまま型を作らせる。考える隙を与えないよう精神的に囲い込んで国宝を削らせる」
「国宝!?」
「孫を使うんだな」
太った男が当たり前のように確認する。
「ああ。一人娘の忘れ形見だそうだ」
「頑固ジジイでも折れざるを得ないって奴だな」
クックック。聞いた男は楽しそうに笑う。
全くもって笑う場所ではないと思うが、本当に人が悪いのであろうと仲間ながらに思う。
痩せぎすの男が思い出しかように顔を上げる。
「……そう言えば、スワロー商会が掴まったのはエストラヴィーユ王国だ」
「あの窃盗団商隊か」
足が付かないように大陸中、国を跨いで活動する犯罪者もいる。顔を知る存在もいれば噂を聞くだけの存在もいるが、スワロー商会は新興の窃盗集団だった。
「王太子の騎士団が捕縛したらしいぞ」
「奴ら王都でやらかしたのか? ……度胸あるな」
結局掴まってはざまあねえと言わんばかりの口調だ。
「いや。地方の領地らしいがな。案外中央の目が行き届いたところなのかもしれん」
痩せぎすの男は心配そうに言う。
幾つかの国の金になりそうな標的については調べがついている。
エストラヴィーユ王国の国宝である『初代の王都その家族の肖像画』もその一つだ。古い肖像画を飾る額縁が金で出来ている代物である。
もちろん狙いは肖像画ではなく、周囲を飾る額縁だ。
「絵画の警備専門の騎士がついているらしい。今まで絵が荒事に立ち会ったことはないと聞くので、そう難しくはないと思う」
元々エストラヴィーユ王国の治安は安定している。
荒れている国に比べてのんびりしている国とも言え、そういった国の兵力は、いざという時に訓練通り動けないことも多い。
訓練と実践とでは全く違うものだ。訓練されている筈の騎士や兵でさえもいざという時には動けないものだったりする。
犯罪を生業にする者にとって狙い目の国だと言える。
「高を括って足元を掬われたのか……まあ、気を付けるに越したことはないな」
リーダー格の男はそう言うと、仲間の顔をひとりひとり見渡した。
******
もう深夜ともいえる宿屋の客室で、アマンダとセレスティーヌが難しい表情で顔を突き合わせていた。
本来夜行性らしいキャロは、元気に部屋の床を走り回っては時折飼い主たちを見上げている。なんとも深刻そうなふたりを気がかりそうに見つめては、ひげをピクピクと動かしていた。
「何か手がかりになるものはないのかしら」
アマンダが腕組みしたまま呟く。
仮に目の前のダイヤが国宝から取り出したものだとして、これだけでは追いかけようもない。
(せめて、宝石だけ返すってこと?)
考えるまでもなく否だ。
「わざわざ危険を冒してまで二度も接触したんですもの、何かあるでしょ」
再び何か挟み込んでいないか、指で慎重に袋を探る。紙や薄い木札を縫いこむのは常套手段だ。……しかし指先に違和感はない。
「工房に何か残しているのでしょうか」
「まあ、その可能性もなくはないわよね……今頃アンソニーが踏み込んでいるだろうけど」
もしそうならば、そう遠くなく報せが来るであろう。
(しっくり来ないわ)
セレスティーヌの銀色の瞳が、ダイヤと、ダイヤの入っていたビロードの袋を行き来する。
「……万が一仲間にみつかっても解らないようにするとしたら、どうやって私たちに知らせるのでしょうか……」
仲間でもなく脅されてやらされていたのなら尚のことだ。
褒められたことではないが、自分や家族の命を盾にされた場合、拒否できる人間がどれだけいることだろう。
悪いと思いながらも苦渋の決断で悪事を手伝い、目を盗んで知らせようとするのならば……
「やはりその袋に何か託している可能性が高いですよね」
「そうね……」
ふたりはそう言いながらビロードの袋を見た。
一見してバレないように何かを示しならどうすればいいのか。
「…………!」
何かに思い当たったのか、アマンダはテーブルの上の袋を掴むと急いで裏返す。そして小さな布地に慎重に指先を這わせながら、探るように視線も走らせる。
そしてピタリと指を止め、何度も同じ場所を確認する。
「……あった」
「え!?」
ニヤリと笑ったアマンダに、セレスティーヌが目を瞬かせた。
「ほら、ここ!」
袋を差し出し、該当の場所にセレスティーヌの細い指を導く。
確かに、微かな凹凸が感じられる。
「刺繍……?」
刺繡とは言えないほどの頼りない運針で、小さな文字が縫われていた。同系色の糸であるため、意図を持って目を凝らさねば見つけることは難しいであろう。
「…………住所ね。やはり南東部の方だわ。ここに犯人たちがいるはず」
「推測した通り、工房で作業をするつもりなのですね」
「恐らく」
ふたりは顔を見合わせて頷いた。
アマンダは住所を慎重深く読み取り、メモ書きに書き記す。逸る気持ちを押えて乾くのを待ち、ミミズクを呼んだ。
「帰って来たばかりなのに毎度毎度悪いわね。ジェイのところに飛んで頂戴」
その後アンソニーへと、そして中央へも飛ぶことになるだろう。
懐から干し肉を取り出しては、せめてもの気持ちということで口元に差し出した。
「今度美味しいお肉をたらふくご馳走するわ。申し訳ないけどよろしくね」
ミミズクは丸い瞳のまま首を回すと、小さく鳴いて飛び立った。
いつの間にかキャロを抱いたセレスティーヌがすぐ後ろにまで来ていた。ミミズクを見送っていたのだろう。
「……今すぐに出ますか?」
真剣な顔をしたセレスティーヌを見て、アマンダは困ったような顔をした。
確かに自分だけならすぐさま飛び出しているかもしれないが。
肖像画の一件から、セレスティーヌが常に考えを巡らせていることを知っている身としては、無理をさせているようで気が気でない。
自分より遥かに華奢なセレスティーヌに無理を強いるのは本意ではないのだ。
ましてやちょっと行けば山と言えるような場所が多く続く地域だ。うっかり山賊に遭遇しないとも言えなくはない。
ほんの二、三時間無理を押したところで、たいして変わりはしないとだろうと考えた。
「あとちょっとで夜明けよ。せめて夜が明けてから出発しましょう。少しでも横になって目を閉じて身体を休めて?」
お願いするかのように言われて、セレスティーヌもアマンダの体調を思い頷いたのであった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回は1/9更新となります。
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