21 とある日
「あの爺さん、腕は確かだな」
仲間の男が金貨を溶かした塊と、教えられた配合通りに溶かし混ぜた塊を見比べては満足そうな顔をした。
「重さ、色、手触り……いろいろな要素を組み合わせて推測するんだろうな」
ふたつ並んだ小さな金塊は、全く同じものに見える。
国でも数名のごく限られた者しか知らないという金貨の配合比率。
性質などを考えれば使用される金属はある程度まで絞ることが出来たが、肝心の比率までは解らないままであった。
過去実際に金貨づくりに関わったことのある人間に金を掴ませて話を聞いたこともあったが、肝心な内容は解らないままで。
流石に国の重鎮に伝手がある訳もなく、試行錯誤を繰り返して来たのだが。
そんな時にクラウドホース領の彫師が、見ただけ・持っただけで混ぜ込まれている金属の種類から比率までをピタリと当てることが出来るという噂を聞いたのである。
半分は職人の誇張された噂かと思っていたが、目の前にはそっくりな金塊が並んでいた。
「しかしあの質屋、自分が爺さんを陥れた片棒を担がされたと知ったら嘆くんだろうなぁ」
クックック、男は人の悪い顔で喉を鳴らした。
「……金が大半の塊を持って行って、『割合が解らないけど買い取って欲しい』なんて話をしたのに何とも思わないもんなんだな」
太っちょの男が呆れたように呟いた。
「目の前に金塊が転がっていると、人間判断が鈍るモンなんだろ?」
痩せぎすの男が酒を舐めるように飲みながら答えた。
「人が良いんだろうな」
リーダー格の男が言う。
大体は判るが正しくは判らないと言ったところ、判断できる人間がいると言って飛んで行ったのだ。
――勿論質屋と彫師が互いを良く知る間柄だというのを知った上で持ち込んだのである。
得はしても損はしたくないと思ったのだろう。ご丁寧にも確認した内容を木札に書き込んで、それを見ながら計算していた。読み上げながら計算をするので、見せてくれと言わなくても内容は確認済みである。
(人が良い人間と仕事をするのはありがたいことだ)
良心的であるし、何より情報をポロポロと零してくれる。
友人ともいえる彫師の自慢をしたかったのであろう。数々の仕事のすばらしさだけでなく、家族構成から趣味、好きな食べ物まで語って聞かせてくれた。
一人娘と婿が流行病で亡くなり、残された孫を大事に育てているという。よくある話ではあるが、自分の身に起こればこれ以上の不幸もないであろう。
(だからこそ、使えるんだがな)
『これはナイショなんだがね……』そう小声で、だけれども自慢するように話す質屋は友人である彫師が大好きなのであろう。
その仕事ぶりが評価され、国宝である『初代王とその家族の肖像画』の管理を任されるのだという。
『そうなんですか! それは名誉なことですね。さぞかし腕の立つ職人さんなんでしょうねぇ』
『勿論さ! 親方ほど腕の立つ彫師を見たことがないよ』
そう言って質屋は彫師の作ったものを何のためらいもなく――どころか、意気揚々と見せてくれた。
男のおしゃべりは如何なものかと思うが、犯罪には役に立つものだ。
注意深い人間なら痛めつけられて吐かされるのだが、心地よく話して痛い目も見ないのだから、互いに利益はあるといえるであろう。ついでに情報提供しているとは知らないわけで、こちらがバラさない限り良心の呵責もない。
配合比率が知りたいだけであったが、その手仕事を見て使えると思った。型を作らせ、量産すればいい。
型も永久に使えるわけではないのだ。使用していれば劣化してしまう。
それならば元型になるものを置いておき、それから型をとって使えばいい。幾つも質のいい型を作ることが出来るであろう。
(確かにいい腕だ……)
リーダー格の男はしみじみと彫師の作った髪飾りを見て思う。
――肖像画がこの地に来るだけでなく、その世話係。そして家族は小さな孫息子のみ――
『非常に素晴らしいですね』
リーダー格の男は笑みを浮かべながらそう質屋に言った。
『そうだろう? 腕利きなんだぜ』
(本当に素晴らしい)
運が巡って来た。
頭に浮かんだ計画を逸るような心持ちで組み立てては修正し、なぞって行く。
いきなり目の前に転がり込んで来た幾つもの重なりに、男は心からそう思っては微笑んだ。
「フォルトゥナ領の空いてる鋳物工房に何人か先乗りしてくれ」
「解った」
「ハロウィンの祭りが開かれるみたいだが、日程表を貰ってきてくれ。舞台設置の状況や予定も仕入れられたら頼む。それから……」
リーダー格の男は質屋から帰るなりそう言っては、すぐさま算段をつけた。
何人かは先乗りすべくすぐさま宿を出た。
綿密に計画を練ることも大切だが、速さと勢いが必要なこともある。特にチャンスが転がりこんで来た時には、すぐさま掴むことが大切だ。
様々な場所で様々な犯罪を繰り返す集団。窃盗、スリ、詐欺。
長期的な拠点は持たず、様々な土地を転々として仕事を行う。
敢えて本名は呼び合わずにあだ名で呼び合う。仲間とはいえ本当に本名を知らない奴らも大勢いる。
同じように団体に名前は付けない。
名前を付けると認識し易くなるためだ。解らないというのは掴みどころがなくあやふやで、正体を目立たなくするのにうってつけだ。
掴まったらおしまいだ。なので確実に堅実に事を運ぶ方がいい。
(そして、真実に勝るものはないのだ)
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