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20 回想・前編

 今から少し時を遡った頃、近所の質屋が金属の塊を持って来た。


「親方に確認してもらいたいんだが」


 手のひらに乗った金属を見れば、金に他の金属――割金わりがねを混ぜた合金であった。


「どうしたんだ、これ」

「金だって言って持ち込んだ人間がいるんだがね。どう見ても混ぜモンだと思うんだけれども」

「そうだな」


 片眼鏡を元の位置に戻してまじまじと見つめる。


「……まあ、結構金の割合は多いと思うが」

「そうか? 近所の彫師が偉い目利きだから待っていろって出て来たんだよ。他の金属なんかの種類や割合なんか解るかい?」


 質屋は申し訳なさそうに差し出した。

 ……混ぜ物ならば混ぜ物で、お互い損はしたくないということなのだろう。


 当たり前だが金にどんな金属が混じっているのか、どのくらい混じっているのかでその価値も違う。


 子どもの頃からあらゆる金属に触れて来たからか、彫師は金属を見ればある程度その内容を見極めることが出来た。

 何せちょっとした力の入れ方で仕事が大きく変わるのだ。金属によって堅さが違えば、割金の大小によっても繊細に違うわけで。


 素材の見極めは仕事をするうえで重要だから覚えたまでだが、いつしか名人芸だと言われるほどに詳細に当てれるようになっていた。


 小さな塊の重さを確認するように上下させる。そして指先で質感を読み取るようにゆっくりと撫でた。


「凡そだが、金が……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。塊を量って計算するから木札に書いてくれ!」


 相手は塊を幾つか持ち込んでいるのだろう。

 質屋ではよくあることだが……彫師は些細な引っ掛かりを覚えて、つい確認をした。


「……大丈夫か? 盗品なんかを掴まされることはないか?」


 質屋は仕事柄、タチの悪い奴らが換金するために利用することもある。

 装飾品などを盗んではそのまま闇商人などと売買することが殆どであるが、数が多かったりあまりにも有名な装飾品で足が付く場合は、宝石と地金に別けて別々に捌くこともあるのだという。


「まあ、大丈夫だろう。見た感じは装飾品を丸めたようにはみえないしなあ」

「…………」


 確かに。いろいろな配合方法があるので絶対に違うとは言えないが、装飾品にはあまりない割金の配合だなと思った。


「お爺ちゃん! ……あ、おじさん、こんにちは!」


 奥から出て来た孫息子が質屋の顔を見て挨拶をする。

 男二人は小さな男の子の姿に頬を緩めた。


「コリン! 元気そうだな」


 子供好きな質屋はそう言って些か手荒く頭を撫でる。コリンと呼ばれた男の子は嫌がる風でもなく、首を竦めながらも笑っていた。


 両親を亡くし引き取られたコリンは未だその事を引きずっているのか、どこか人恋しいところのある子どもだった。 


「どうしたんだ?」

「お昼ご飯出来たよ」


 昼飯といっても朝の残りのスープとパンを温めたものだが、腹が減ったのだろう、祖父を呼びに来たのであった。


「おっと、もうそんな時間か! じゃあ親方、あんがとよ」


 割合を書いた木札と金属塊を持って、質屋はドタドタと去って行った。


「バイバーイ!」

「……相変わらず落ち着きがねぇ男だな」


 祖父と孫はそう言って笑いながら質屋を見送った。




 その夜のことだった。

 眠っているところを何か物音が聞こえて彫師は目を覚ました。


(……まさか、泥棒か……?)


 小声で何かを囁くような声がしては、何人かの足音が階下から聞こえて来る。


 狭い家には隠れるところもない。

 隣で熟睡しているコリンを抱きかかえると、どうする事も出来ずに息を潜めた。


(駄目だ! コリンを抱えたまま何人も相手にすることは出来ない……)


 コリンだけ窓から逃がすことも考えたが、外には見張りがいることだろう。

 五歳の子どもがひとりで逃げおおせるとはとても思えない。

 


 扉の前に人の気配を感じると、躊躇なく大きな音をたてて開いた。


 大きな布で口元を隠した男が数名土足で入り込んでくる。

 けたたましい音に驚いたコリンが目を覚ましては不思議そうに自分を抱く祖父を見たが、すぐにおかしな様子の侵入者たちに気づき、震えながら祖父に抱きついた。


「何なんだ、お前たちは」 

「仕事を頼みたい」


 数名いる男たちの内のひとりが口を開いた。


「こんな時間にいきなりやって来て、仕事だと!?」


 彫師が毅然と返すと、後ろに控える男たちが気色ばんだ。


「……悪いが議論する気はない。大人しく言うことを聞いてくれれば乱暴をするつもりはない」

「…………。断るといったら」


 なおも強い口調で問い返すと、男はコリンを見つめた。

 後ろの男のひとりが胸元からナイフを取り出した。鋼の冷たい色合いが月の光を受けて一瞬光っては輝く。


「……ひっ!」


 コリンが喉を引きつらせて祖父にきつく抱き着く。小さな手が祖父の腕を力いっぱい握り済めては震えていた。


「可愛い孫に怖い思いも痛い思いもさせたくはないだろう?」

「…………」


 黙り込む彫師を見て了承と取ったのか、男は続けて口を開いた。


「アンタにはそれほど難しい仕事ではない。依頼はふたつ。

 あるモノの押し型をそっくりに作って欲しいのがひとつ。もうひとつは、とある金属の額縁を一定量削り、元の色合いと同じように復元させて違和感がないように小さくして欲しい。全体を同じ厚みで削り、尺などにばらつきがないようにして欲しいんだ」

「……額縁……?」


 彫師は訝し気に首を傾げるが、すぐさま嫌な予感を覚えて瞳を瞠った。


「が、額縁って、まさか……」


 男の口元は布で隠れて見えないが、きっと醜く歪んでいるのだろう。


「そうだよ。察しが早いな」


 流石の彫師も二の句が継げずに押し黙るしかなかった。


(本気だ……断ったら、コリンの命が……!)


 彫師も細かく震えては、小さな孫息子の肩を思いっきり抱きかかえた。

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