19 ビロードの袋
「取り敢えず、今日の宿を決めないとね」
空を見上げれば既に夜の気配が近づいていた。近くの家々からは夕飯の匂いが漂い始める。
セレスティーヌが頷いて歩き出そうとした時、人とぶつかりよろけた。
転ばないようにとセレスティーヌの腕をアマンダが慌てて掴んだ。
「大丈夫?」
「はい」
「ああ! 申し訳ない……失礼したね」
小柄な老人が慌てて謝り、頭を下げては足早に立ち去ろうとした。
「待って下さい!」
セレスティーヌが咄嗟に老人の腕を掴んだ。
老人は酷く驚いた顔でセレスティーヌを見る。
「……あの、失礼ですが、前にもお会いしていませんか?」
「……そうですか? 多分、初めてだと思いますが……申し訳ありませんが急いでますので」
「でも……! 少しで良いのでお話を聞かせていただけませんか?」
珍しく食い下がるセレスティーヌに、老人はもう一度頭を下げ腕を放すように促すと、顔を伏せるようにして去って行った。
「…………」
再び考え込むセレスティーヌに、アマンダが確認する。
「お財布とか貴重品は大丈夫? 念のため確認したほうがいいわよ」
最もな指摘に頷いて慌てて隠しを確認した。
幸いにも何も盗られてはおらず、ただぶつかっただけと判明した。
「大丈夫なようです」
『きゅ?』
キャロも確認するようにアマンダとセレスティーヌを交互に見る。
スリではないないと確認出来て、アマンダは老人の背中から視線を外した。
「さっきの方、クラウドホース領でもぶつかった気がするのですが」
「えっ?」
アマンダは急いで老人の向かった方向へ走って後を追う。
しかし既に雑踏に紛れたのか、既に姿はなかった。
******
宿屋へ着き簡単な食事を終え、部屋に戻ってすぐにアマンダの部屋の扉が叩かれた。
叩く人間はひとりしかいない。ほんのついさっきまで一緒にいた筈なのに、何事だろうと首を傾げながら扉を開けた。
予想通り視線の下にセレスティーヌがいたのではあるが、その顔が酷く焦っているように見える。
「どうしたの? お入りなさいよ」
セレスティーヌは廊下に人がいないことを確認すると、急かすかのように急いで部屋の中に飛び込んでくる。
腕に抱いていたキャロを静かに絨毯の上に降ろすと、手に持っていた黒いビロードの袋をアマンダに手渡した。
「カバンの中を整理していたら、これが……!」
(軽いわね)
嫌な予感を覚えつつ小さな袋を手に取り口を開ければ、小さなダイヤモンドが数粒、アマンダの大きな手のひらに転がり落ちる。
「…………」
もしかしてと続ける間もなく、セレスティーヌがアマンダに頷いた。
「荷ほどきをしていたらカバンの中に紛れていたのです」
「……さっきの爺さん?」
「多分」
ぶつかった時にこっそりとカバンの隙間から紛れ込ませたのだろう。
……財布をスルどころか宝石を忍ばせて帰って行ったのだ。
儲かったなんて喜べるはずもなく、いっそ気持ち悪い方が勝るであろう。
「これは何って言いたいところだけど、きっと額縁についていたヤツを寄越したのよね」
アマンダは豆粒より小さいそれを摘まんでは、しげしげと眺めた。
「さっきの爺さんは行方をくらました彫師ってこと?」
数を確認しては、落ちたり失くしたりしないように袋の口をしっかりと絞る。
「その可能性が高いですよね」
「そうよねぇ……」
アマンダは何とも言えない顔をしては、鬘を脱ぎ去って銀の頭を掻いた。
「何だってアタシたちに接触してきたのかしら。……クラウドホースでもこれを渡すつもりだったってこと?」
セレスティーヌが珍しく眉間に皺を寄せながら口を開く。
「一瞬見ただけなので確実ではないのですが、クラウドホース領のハロウィン会場でぶつかった方と同一人物だと思うのです」
それで咄嗟に腕を掴んで確認したのだが。
だがしかし、以前もぶつかって今回もそうだろうと言ったとしてもまともに取り合わないであろう。知らないとか人違いとか、適当に誤魔化すはずである。
その時はセレスティーヌが怪我をしていないかだけしか考えていなかった。
如何せん祭りで多くの人間が行き来する中である。ぶつかることはそう珍しいことでもない上、ぶつかって来た人間がまさか金品をカバンに入れて寄越して来るなんて思わないであろう。
微かな記憶を手繰り寄せれば、確かにセレスティーヌにぶつかったのは年配の男だ。
顔までは思い出せないものの、小さな何かを落として慌てて拾っていたのを思い出す。
(あれはこの袋だったのか? 一度目で隠し入れることに失敗したから再び接触したってこと?)
「……それより、クラウドホースでも接触して来てここでもって気持ち悪いわね」
ついて来たのか探していたのか。それともたまたまなのか。
(どちらにせよ意図的よね)
でもなぜか。全く意図が読めない。
もしも犯罪者であるならば捕まりたくはないだろうに。アマンダとセレスティーヌが肖像画の関係者だとするならば、接触回数が増えるほどにバレる危険性が増すであろう。
逆に盗んだものを人々に分け与える義賊だとして、もっと与えるべき先はあるだろうし、わざわざ追ってまで渡そうとする行為が意味不明である。
(もう少し残って事情聴取に参加すればよかっただろうか)
今回は後手後手に回っている感じがして、アマンダはどう取り返すべきか、場合によってはセレスティーヌの安全をどう確保すべきか頭を悩ませた。
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