6 カミングアウト 前編
本日は3回更新予定です。
2話目が12時頃、3話目が17時頃の予定です。
テーブルには黄金色に揚がった小魚のフリッターは揚げたてなのだろう、油をじゅくじゅくと弾けさせていた。
トマトの赤とモッツァレラチーズの白が映えるカプレーゼに、エビやチーズ、オリーブを刺したピンチョス。半分にカットされたゆで卵には、オリーブオイルと黒コショウ、アクセントに緑色のパセリが散らしてある。
夕食を兼ねているということからか、その他にもパンやスープ、サラダなど数品が所狭しと並べられていた。
「これはなんですか?」
クラッカーの上に乗った茶色い何か……中には粒々した豆のようなものが混ぜ込んである、ペーストのようなものを指さす。
「サウザンリーフ領の名物らしいわよ。『ミソ・ピー』って言うんですって」
「ミソ・ピー?」
大豆から作った調味料と砂糖、そしてこの地の名産であるナッツを煮絡めた食べ物だということだった。
「隣というか北というか、ローゼブルク領でもよく食べられるみたい。あそこも結構ナッツを栽培しているからね。アタシも初めて食べるんだけど、地のものを食べるのは旅の醍醐味よね」
セレスティーヌが疑問に思うことを都度説明してくれるアマンダは、なかなかに博識である。
ピーナツバターではない謎な食べ物を口に運ぶと、適度に粘度があり、甘さとしょっぱさ、そしてナッツの香ばしい香りとが混じり合う不思議なそれを考えるように咀嚼する。
「初めて食べますけど、不思議と懐かしいような……」
口にするのは初めての筈なのに、どこかで食べた事があるような気すらするのはなぜなのか。素朴な風味の名産品の味を、再度確認するように手に残る半分を口に入れた。
「う~ん、ヌガーとかキャラメルと、ちょっとだけ似てるのかしら……?」
もっと柔らかくてしょっぱいけど。そう言いながらアマンダは考えるように斜め上に向けた視線を左右に揺らしている。
「こっちの鯖サンドも食べてみて! 焼いた塩鯖と野菜をパンで挟んであるんだって」
レモンをきゅっと絞って、パクリと頬張る。
焼き鯖とパン、と思ったが、意外なほどによく合う。
「美味しい……!」
「良かったわぁ」
アマンダは熱々のフリッターとフルーティな香りのエールを交互に楽しみながら頷いた。
「それで、部屋のことなんだけど……」
言い難そうにアマンダが濁す。
ちびちびと舐めるように飲んでいた蜂蜜酒のカップをテーブルに置くと、セレスティーヌは真っ直ぐにアマンダの瞳を見つめた。
「……実はアタシ、生物学的には男なのよね」
視線をやや下に落とし、右に左に彷徨わせながら言った。
(……まぁ、それはそうでしょうね)
セレスティーヌは心の中でそう呟くと、取り敢えず黙ったまま頷く。
並みの騎士よりも立派な身体でありながら、『正真正銘女性です』と言われる方が違和感がある。
「そりゃぁ、アタシはこんな格好しているワケだから、ねぇ。誓ってアナタに不埒な事なんてしないわよ? 一緒に安心して眠ってくれて大丈夫よ? ……だけど、アナタが怖かったり気持ち悪くない?」
アマンダの言葉を聞き、一瞬きょとんとしたが。
すぐさま自分の心が、ほんわりと温かくなったのをセレスティーヌは感じた。
大きな身体をモジモジとさせて言葉を紡ぐアマンダは、とても優しい人なんだろうと思う。
本来、幾ら緊急事態であるとはいえ、今日出会ったばかりの異性が同じ部屋に寝泊まりするなんてあり得ないだろう。
当然だ。
冷静に考えれば色々と心配する気持ちも解る反面、身分差をこれみよがしに示して黙らせる事も出来るのにそれをしない。王都で悪者(?)から守ってくれた時は、物語の主人公のように颯爽と現れたのに。
今は見る影もない程に縮こまって、目の前に座っていた。
とっても強くて逞しくて、年齢も偽りでなければ六歳も年上なのに。
なんだか可愛らしい人だなと思う。
自分の口が自然と弧を描いたことにセレスティーヌは気づいた。
(普段ならもっと警戒する筈なのだけど。なんだかアマンダ様を見ていると全く悪意を感じない上に、懸念も疑いも湧かないのよね……)
どうしてなのだろうか。
出会ったばかりで、本当の素性も何も判らない人物なのに。
本来なら警戒してもしたりない筈だ。
セレスティーヌは、自分でも何故こんなにも安心と信頼をしているのか説明がつかず、己の危機管理判断がおかしくなってしまったのだろうかと自問自答した。
だけれども、アマンダが言葉を違えることがないことだけは、しっかりと理解出来る。
彼女は未だ幼い弟に代わり父の補佐をする関係上、なかなかに疑い深い性格であった。管理地のあれこれを扱う上で領民の不利益になってもいけないし、誤魔化されるのも良くない。
良く言えば慎重とも用心深いとも、はたまた手堅いとも言えるし、悪く言えば猜疑心に満ちているといえるであろう。
アマンダに会ってからペースを乱されっ放しであるが、普段は年齢に似合わず落ち着いた物腰のご令嬢であるし、様々な大人を見てきたせいなのか、人を見る目も備わっていると言われていた。女子ども相手だと、侮って舐めてかかったり誤魔化そうとする人間が多いからだ。
ひと言でいえば手強い女性。
素直な令嬢がもてはやされるだろうに、なんとも可愛げがなく育ってしまったと両親に嘆かれつつも、なんだかんだで頼りにされていたというのが外から見たセレスティーヌの評価であろう。
「大丈夫ですわ。お姿通り、お心は女性なのでございましょう?」
任せろと言わんばかりにセレスティーヌが頷く。
(心ねぇ……女性なのかしらねぇ?)
ある時から女性になりたいとは思った。愛する人に愛されるような、可愛らしい女性に。
切望はしたが、どう転んでも可愛らしい女性ではないだろうし、どう頑張ってもなれないであろう。
……自分のことを『女性』だとは思っていない。女装はしているが。
誤魔化さないで言うなら、自分の認識は『男性』である。
「アナタのことばかり聞いておいて、自分のことを語らないのはフェアじゃないわよね」
そう言うと、アマンダはちょっと困ったように切なく笑って語り出したのである。
「アタシがこんな格好をしてるのは、ある人を好きになったからなの」