16 推測・後編
ふたりと一匹は領中央部の宿場町に着いた。
「今日はここの辺りに泊まりましょう」
馬車を乗り継いだせいか、いまだ馬車に揺られているようにふわふわとする。
日の入りが驚くほど早くなったので暗くなる前に宿を見つけなくてはならない。
「アマンダ様? お嬢様?」
『きゅ!』
「キャロもお久しぶりですね?」
聞きなれた声が聞こえて来る。ジェイだ。
馬車を降りたところに、いつもの軽装で手を振りながら近付いてくる。
いつもながら、計ったかのようなタイミングだ。
「……急いだから別の場所で会うのかと思ったのに」
待ちぼうけを喰らわせないようにちゃんとミミズクを飛ばしてはいたものの、特に落ち合う場所の約束はしていなかったのであるが。
「まあ大体の場所は予測がつきますからねぇ? ル・マレはいかがでしたか?」
にこにこと笑いながらアマンダとセレスティーヌに確認する。
表情を輝かせるセレスティーヌが、教えてくれたジェイと連れて行ってくれたアマンダに改めて礼を言う。そして、
「星が今にも降って来そうで。とても綺麗でした」
「それはようござんした? さ、こちらですよ?」
仏頂面のアマンダを見て、ジェイは悪戯っぽく笑った。
主は特に進展はなかったらしい。
そして当然の如く宿を用意していたようで、ふたりは頷いてジェイの後をついて行くことにした。
宿屋に着き部屋に入ると、ジェイは今一度周囲を確認する。
そして壁や隣の空き部屋などに人影がないことを確認すると先ずはお茶を淹れることにした。
「お疲れでしょう? さあ、どうぞ?」
一応侍女である筈のセレスティーヌへも丁寧にお茶を差し出してくれる。
いつもながら手際の良さと居た堪れなさに、セレスティーヌが小さな身体を縮こめた。
「……今日は随分と用心するのね」
「まあ? いつもは事前に済ませるんですが、今日は今しがたついたばかりですからね?」
放任しているように見えいつも事前にきちんと確認していることをバラすと、聞いたアマンダではなくジェイの方が恥ずかしそうに苦笑いをした。される方のアマンダは承知のことなのだろう、照れ笑いに対して苦笑いをしている。
「それで早速ですが、例の物にいつ頃手が加えられたのか現時点でははっきりとは判りませんでした? 領を移動する際に絵の点検をしているそうなので、沢山の人間の手には触れているわけなんですが?」
とはいえ常に見張りがいるわけで。おかしな行動はすぐに解るはずである。
「癒着がないように、絵に関わる者は定期的に、面識がない者を入れ替えてはいるそうなんですが?」
「短期間に、お互い協力せざるを得ない状況が重なって……って場合もあるかもだけどね」
ジェイも勿論それを考えないわけではないのだろう。頷いた。
「各地を移動しているため、必ずしも毎日観覧している訳でもないんですが? 次の展示場所へ行く前と到着後には点検日が設けられているそうです?」
汚れやら補修やら、必要ならばそこで済ませるということらしい。
大切に扱っているとはいえ塵もつけばホコリも溜まる。古いものであるため、留め具に不具合が生じるなんてこともあるであろう。
「で、時折なんですが、建付けの悪い建物に保管せざるを得ないこともあるそうなのです?」
(建付け……)
それこそ先の寒村地帯などに行けば、隙間風が吹き込む家も、キイキイ扉がきしむ建物も山ほどあるであろう。
「何度か、かなり大きな音がする建物……教会が多いそうですが保管されたことがあるそうです?」
音に紛れて作業をしたと言いたいのか。しかし、かなり大きな音が出るのではないかと首を捻る。
「最後が、お嬢様が絵の違和感を見つけたあの教会です?」
アマンダとセレスティーヌが顔を見合わせた。
「……特段、建付けが悪い様子なんて、なかったと思うけど……」
それ程風も強くなかったうえ、周囲が賑やかだったので気づき難かったのかもしれないが。
それにしても頻繁に不快な音がしていれば気づくだろうというもの。
「祭りの前日だということもあり、どうも、イレギュラーなことが多くあったようです?」
野外会場の設置が遅れており、かなり遅い時間まで外が賑やかだったこと。
大勢の人間に見せることになるため、絵の確認と清掃のために技術者が絵のメンテナンスをしていたということ。
街全体が浮かれ気味であり、見張りの人間もしつこく酒を進められたこと。
見張りの人間に体調不良者が出て、持ち場を離れることがあったこと。
建付けが悪く常に不快な音がしていたこと。
「絵の修理修繕にはその土地の人間が重用されるそうです? 美術の心得がある者や画家、彫師などですね? 大きな修繕は中央の専属の職人が行なうので、地元の人間は確認したり応急処置をしたり……まあ、主には掃除するだけらしいですが?」
下手なことをして取り返しのつかないことになったら怖いので、そう大きな手を加えることはない。そういったことはその道の本職にお任せするのが一般的な考え方だろう。
掃除係を務めた者たちは国宝に携わったという名誉が残る。
「作業を終えた後、『明日は人も沢山来るし、ちょっと見て行きましょう』と言って扉の不具合を職人が直していったそうです?」
「それでアタシ達が行った時には音はしなかったのね……」
「敢えてでしょうか」
「その可能性もあるわねぇ。体調不良だった者や職人の裏は取れているの?」
確認されるのは判っているのであろう。勿論というように頷いた。
「今は回復しています? 急に寒くなりやしたからね? ちょうど絵を警備をしている隊では風邪が流行っていたらしく、寝込んでいるものも多く……前日から体調が悪かったそうなのですが、代わりがおらず勤務を続けざるを得なかったそうです? どうも頻繁に厠に駆け込んでいたみたいですね? もうひとりも疲れのせいか酒の周りが早かったそうで、やはり厠に眠気に、忙しかったみたいですね?」
余程おかしなことをしていない限り、周囲の様子に目を配れているか怪しいものだ。
場合によっては何かを盛られていたことも考えらる。
……とはいえ強い毒物でない限り、既に体外に排出されているだろう。
「補修に関わったのは腕のいい彫師で? 年配でこぢんまりと商売をしているようで、今回も臨時の助手とふたりで作業を請け負ったため朝方までかけて丁寧に作業していたそうです?」
大きな工房の親方が責任者となれば、経験を積ませるべく自分の弟子たちも使い短時間で済ます場合もある。
今回のように小さな工房が担当に当たった場合は、ひとりで熟したり臨時で馴染みの職人を雇ったりするのだそうだ。
アマンダは、ジェイの話を聞いて腕を組み、吟味するかのように視線を下げた。
「不自然な重なりが多すぎるわね」
「では、私たちが肖像画を目にする少し前に……?」
セレスティーヌの言葉に顔を上げると、金の巻き毛の鬘を揺らした。
「事が事だけに決めてかかるのも憚られるけど、何だか怪しいわね」
アマンダは素早く書きつけると窓から顔を出してミミズクを呼び、脚に付けられた通信管に丸めて入れる。
「悪いけどアンソニーのところに飛んでちょうだい。奴はクラウドホースにいるわ」
『ホウ』
そういうとミミズクに向かって頷いた。ミミズクは丸い瞳でアマンダを見ると、左右に何度か首を傾げてはひと鳴きし、ゆっくりと空へ飛び立った。
「もう一度職人に話を聞いて貰うわ。何か知っている可能性が高いし。ジェイは急に羽振りが良くなった者を調べてよ」
「商売の世界は浮き沈みが激しいですからね。それだけで黒だとは言えません?」
「判ってるわよ。あと、偽金が出回っていないかも調べてほしい」
最後の言葉を聞いて、ジェイは表情を険しくした。