16 推測・前編
更新が遅くなりまして申し訳ございませんでした。
回線が不安定なため、暫くの間更新時間にばらつきが出ると考えられます。
ご迷惑をお掛け致しますがご了承のほど宜しくお願いいたします。
ポッポ、と鳴きながら虫を啄むシラコバトと共に街道を歩けば、豊かな産業が発達していることに気づく。
絹織物に家具、履物に人形、楽器に鋳物、建具に紙……
多種多様な工房が、領内のあちらこちらで活躍しているのだ。
大きな街にはそういったものを仕入れて扱う店が多く並ぶ。
ショウウィンドウは華やかな様相をなしていた。
「絹織物に家具、豪華なお人形に楽器……フォルトゥナ領には高価なものを扱う工房や店舗が多いのですね」
「確かに。その上街道沿いの大きな街には各地から様々な名産品が集まって来るから余計そう見えるわね。絹織物・建具・紙は南西部、それ以外は南東部に主要工房があるものが多いんじゃないかしら」
貴族の女の子用とおぼしき人形には絹で作られたドレスが着せられ、小さいとはいえ本物の宝石を使ったティアラやネックレスが使用されているものまであるのだ。
(……間違いなく私のドレスよりも高価だわ)
かつて嫌々出席させられた舞踏会での装いを思い出しては、何とも言えない気持ちになる。
(…………。高価……?)
「…………」
「どうしたの? もしかしてその人形、欲しいの?」
豪華な人形は大人の収集家も多いのだが、全く欲しがりそうもないセレスティーヌと、彼女がじっと見つめている人形とを見比べた。
セレスティーヌが考えながら確認する。
「いえ……これって、子どもの為に購入することが多いのでしょうか?」
「小さな子どもが身支度の仕方を覚えるために使うのが本来だけど、案外大人の収集家が多いと思うわよ? 特に高価なものなんかはそうなんじゃないかしら」
「こんな風に、一見関係ないようなものに使われるのでしょうか」
「…………。削られた額縁と宝石のこと?」
セレスティーヌは頷く。
つい先日、お隣のクラウドホース領で巡回展示されている国宝の初代王の肖像画を飾る額縁が削り取られているという事件が判明したばかりだ。削り取られた額縁は木ではなく、金で出来ている。かなりの大きさの額縁であることから、削り取られた分量もそれなりのものであろうと推測されている。
アンソニーは正にその件で動いているわけであるが。
「お人形のアクセサリーもですが、金で楽器を作ることも出来るでしょうし、宝石で飾ることも出来ますよね?」
実際に演奏目的というよりは鑑賞目的で作られた絢爛豪華な楽器が存在する。他にも家具の飾りとして金が使われたり、宝石がはめ込まれることもある。
アマンダは人形に目を落とし、何かを吟味するように口元に手を当てた。
「そうね、その可能性もあると思うわ。でもイマイチ弱いわよね」
「弱い?」
「ええ。まあ原価を抑えるために盗品を利用すれば通常より利益は上がるけど……買われるまでは利益が出ないわけでしょう? まあ、業者とかに売りさばくなら話は別だけど。でもどうせならそのものズバリを造る方が簡単で早いし、何よりも捌き易いと思うの」
アマンダの言葉にセレスティーヌが表情を曇らせた。偽金ということだ。
それはつまり、国宝を傷つけ一部を盗み売りさばくというだけでなく、金貨の偽造という罪も重ねるということである。
「型を作ってしまえば量産出来るだろうし」
額縁が精巧に復元されているということは、彫り物などの技術がある人間であるということだろう。
「……型。鋳物……?」
金貨を作る際は鋳造――型に流して冷やし固めて製作するものや、打ち延ばして圧穿するもの、やはり打ち延ばしては一枚一枚彫り込んで作るものと複数ある。
国や時代などでどのような作り方をするかはまちまちであるが、現在のエストラヴィーユ王国では、見た目のバラツキを無くすために鋳造で作られている。
「元々偽金事件は後を絶たない問題だし……復元出来ないように精密なものをと趣向を凝らしているみたいだけど、如何せん人間が作るものだものね」
どの方法を選択したとしても、技術に限界がある。それなりに似せて作ることは可能ということだ。
もっと精巧に高い技術で大量に作るようになるのは、現在よりも技術水準が上がった未来のことであろう。
とにかく、現時点で同じような作り方をするにして、元の額縁と違和感を感じさせない程の仕事が出来る人間が偽金を作ったとするならば?
――複製は可能であり、それは多分容易には見分けがつかないかもしれないと考えられる。
「偽金は沢山作るために他の金属を混ぜて、少しでも多く作ろうとするわ。真贋判定も見た目と重さで確認するし」
金のみで作られた金貨を使用する国もあるが、殆どが別の堅い金属を混ぜて製造する。金は柔らかく変形したり摩耗したりしやすいからだ。
加えられる金属の種類、量は国で定められている。
他金属の含有量によって重さが違うため、せっかく見た目を似せても重さで偽金とバレてしまうことが殆どだ。
見た目で判別がつき難いであろう今回、偽金と判定する基準は見た目の違いよりも、重さの違いに比重が置かれることであろう。
「領内だけでなく、もしかすると領を跨いでいるってことも考えられるのね」
もちろんその可能性を考えなかったわけではないが。
別の領地で作り替えなり横流しなりが横行している方が濃厚、と考えた方が良いのかもしれない。
クラウドホース領でたまたま発覚したが、実際にいつどこで犯行が行われたのかは判明していない。
直近に行われたのかもしれないし、もっと過去に行われたのかもしれない。
セレスティーヌの勘に頼るのならば、前回肖像画を見た時から先日の発覚までの三年の間に行われたというのが濃厚であろう。
「仮にクラウドホース領で盗まれたとしても、他領の事件の全てが知れ渡っているわけでもない。広がる速度や足のつき易さなど考えれば――早々に持ち出してさえしまえば、領地を跨いだ方がバレ難いとも言えるわ」
何か事件があった場合、初動はその領地内の捜索から始まるのが普通だ。
緊急に他領へも捜査を依頼することもあるが、人命などがかかっている場合が殆どだ。盗難の場合はやはり領内を重点的に捜索するであろう。
ましてや物がものだけに、今回は秘密裏に捜査している。クラウドホース領内にすら噂は広まらないかもしれない。
相手もそう考えていることは充分に考えられる。
「……丁度、グランヴァリ川がクラウドホース領を縦断しているだけでなく、フォルトゥナ領の領境北側半分を走っているのです」
「重いものも移動し易いってわけね」
陸路で運ぶよりも水路で運ぶ方が負担も少なく早い。
(人形の街に楽器製造で有名な街、家具の街。……そして鋳物の街)
予想したあれこれの主要な製造場所が、偶然にも領の南東部に集中している。
「……これは、確認するまでのんびり観光出来なそうね」
アマンダはそう言って苦笑いをした。