14 回廊にて
大変申し訳ございませんが、別作品の書籍化作業のため、3週間ほどお休みをいただきたいと思います。
次話は11月21日開始予定です。ふたりはフォルトゥナ領に向かう予定でおります。
お時間をいただきまして申し訳ございませんが、今後ともお付き合いいただけましたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「おお、タリス子爵! 調子はどうか?」
王宮の回廊にて。
早足で歩くタリス子爵に、銀髪の精悍な男性が仲の良い同僚に話し掛けるかのように右手を挙げて声をかけた。
タリス子爵はしこたま驚いて飛び上がっては(誇張ではなく本当に跳んだ)、声を裏返して卒倒しそうになる。
「へ、へへへへへへ陛下!? 我が王国の太陽にお目見えいたします……!」
子爵は卒倒しそうになるのを貴族の矜持(?)で堪えると、前を向いたまま大きく三歩程後ろへ飛び下がっては、今まで見たことがないほどに低く礼をとった。
王のそばに控える侍従長が、何とも言えない同情めいた表情で子爵を見つめる。
「タリス子爵、そんなに改まらんでも……儂は悲しいぞ?」
本当に淋しそうに凛々しい眉をハの字に下げると、恨みがましそうに子爵を見た。
体格こそ息子に負けるものの、父王もなかなかの鍛えられた肉体を持っている。……そんな表情をしてもちっとも可愛くないお年頃なおじさんなのであるが、根がひょうきんなために芝居めいた様子も憎めないのだ。
一方、普通の身長に貧乏子爵家ゆえか、ヒョロッヒョロの子爵は、並ぶと大人と子供のようである。更に小市民根性が抜けない名ばかりの貴族であるため、王国ナンバーワンのトップ・オブ・トップのお戯れを、お戯れとは思えずにしゃちほこ張るばかりなのであった。
流石に可哀想に思ったのか、苦笑いをしながら肝心の話を進めることにした。
「何か困っていることはないか? 今、アンソニー君は出張中ではなかったか?」
(……アンソニー君……)
そうであった。
上司アンソニーの本業(?)は王太子殿下の側近である。更に幼馴染であるゆえに、子どもの頃から顔見知りなのだと思い至った。
「大丈夫にございます。ご心配有難く存じます!」
地方活性化や税金、補助金などの手配ばかりしているので、そういった部署の文官かと思いがちであるが。
子爵はより一層頭を低く下げた。
「本当に? 人に仕事に、すぐには慣れぬだろうから、無理はしないようにな?」
国王としては気が早くも未来の親戚かもしれない訳で、ついつい心配になってしまうのだ。
彼が話し掛けることがより一層子爵の胃を痛めつける要因なのであるが、そこに関しては微塵も気づいていないところがイタい。
「有難き幸せにございます!!」
(……堅いなぁ)
王は息子と同じ黒い目を瞬かせると、そうだと思い至る。
「そういえば、セレスティーヌ嬢の見立てが正しく、肖像画に不備があったらしい」
「えっ!?」
子爵は驚いて絶句した。
(不備って……まさか疑われたりは……!?)
それ程教育に手間と時間とお金をかけたとは言えないために、幾ら優秀とはいえ、滅多に目にしない肖像画について不備を見つけたということが信じられなかった。
……生真面目なセレスティーヌに限って不正に加担しているとは思わないが、外から見たら貧乏子爵家の令嬢が、数えるくらいにしか見たことがない絵画の真贋を見極められるだろうかと思うのでは? そう疑問が浮かんでしまう。
(まさか、事件にかかわっているから真贋について知っていると思われているのだろうか? う、疑われている……?)
変な方向に想像を膨らませた子爵が、ダラダラと大汗をかきながら瞳をぐるぐると回していた。
「実際には肖像画ではなく装飾の額縁が、なのだが。なにはともあれ、誰も気づかなかった不備に気づくとは流石セレスティーヌ嬢。何か褒美をと思っているが、何か希望はあるであろうか?」
疑われからの留置・取り調べ(なぜかセレスティーヌではなく子爵の頭の中では本人が対象として想像されている)、更には裁判に冤罪を晴らせずに処罰というところまで想像しては死にそうになっていた子爵が、王の言葉に首を傾げた。
「……褒美?」
「セレスティーヌ嬢が気づかなければ誰も気づかなかったかもしれぬのだ。当然であろう?」
全くもって子爵の震える心うちなど知らぬ国王は、『儂、なんか変なこと言ったかい?』とでも言わんばかりに首を傾げている。
「もったいのうお言葉にございます!!!!」
ただでさえこの年で王宮の文官に抜擢されて、新しい職場と支度金(通うための馬車の手配や、貴族服の新調などに使うものだ)を得たのである。
今はまだ周囲も温かな応援の声が大きいが、あまりにも享受しすぎてもやっかまれないとも限らない。やっかみを受けると面倒である上、それが妻や息子にも降りかかることを想像しては、子爵は顔を青くした。
――物ごとをついつい、悪い方向に考えてしまうのは子爵の悪い癖である。
「娘は臣下として当然のことをしたまででございます!!!!!!」
そのうちひきつけでも起こしそうな様子に、侍従長はドン引き、王は心底心配をしていた。
「とはいえ、充分な働きには充分な労いをするのは当たり前なのだがな……?」
「そう言っていただけるだけで、充分に身に余る光栄っ!!!!!!!!」
低姿勢が過ぎて、じきに地面にくっつきそうな勢いだ。
「子爵、大丈夫か? 息! 息を吸うのだぞ!」
王は大きく腕を広げ、深呼吸をしてみせる。
律儀にも子爵は同じように腕を広げ、大きく深呼吸を真似する。
「す~、はぁ~。す~、はぁ~。……だぞ!」
「すぅぅぅぅぅっ! はぁぁぁぁぁっっ!! すぅぅぅぅぅっ! はぁぁぁぁぁっっ!!」
王宮の回廊の真ん中で、おじさんがふたりして深呼吸をしている。ひとりに至っては気合が入り過ぎて、ちっともリラックスしている様子がない。
庭師や侍女たちが不思議そうにふたりのやり取りを見ては、首を傾げていた。
「…………。さぁ、王。急ぎませんと」
あまりにも可哀想な子爵を思い、侍従長がたまらず声をかけた。
「うむ。では、楽しみにしておってくれ。今度王妃も含め茶でも飲もう」
じゃあねとでも言わんばかりの表情で手を振る国王に、子爵は再び低く低く頭を垂れるのであった。
もう晩秋だと言うのに汗がびっしょりで、子爵は上着を脱ぐと無造作に捩じっては、大量の汗を絞った。
そして。
「……はっ! 書類! 急いで書類を貰いに行かねば……!」
子爵は大きな独り言を言うと、再び回廊を早足で歩きだしたのであった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回は11月21日更新となります。
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