13 幼馴染
そうして。
なぜだか馬を引きながらさも当たり前のように一緒に歩いて来るアンソニーに向かって、アマンダは嫌そうに眉根を寄せた。
「……何でついて来る?」
「何でって、時間も時間なので一緒に食事でもと思ってな」
「えっ!?」
しれっと答えるアンソニーに、言い返そうと思った時。セレスティーヌにお伺いを立てた。
「タリス嬢、ご一緒しても構いませんか?」
「ええ、私はもちろん構いませんが……」
なぜだか自分にお鉢が回って来て驚いたセレスティーヌは、怒ったりムッとしてたりイラついたりと忙しい顔のアマンダと、どこ吹く風と涼しい顔のアンソニーを交互に見比べた。
アマンダは若干(?)嫌そうな様子であるが、忙しいにもかかわらずわざわざここまで出張って来たアンソニーを追い返すのも忍びない。
「……そう言えば、お付きの方はいらっしゃらないのですか?」
アンソニーは軽装でひとりきり馬を引いていた。いる筈の従者や護衛の姿が見えない。
ひとりで旅をしようと思っていたセレスティーヌが言えた義理ではないが、男性であれ貴族がひとりで旅をするなどあり得ないであろう。ましてや名門侯爵家の嫡男である。
「ああ。時と場合によってですよ。まあカルロやコイツ程ではありませんが、私も剣を扱えますので」
そう言って腰の剣を指差した。
(……コイツ?)
従者がいない理由よりも、いつもながらアマンダの粗末な呼称の方が気になるが。大丈夫なのだろうかと心配になるものの、そういう仲なのだろうと無理やり自分を納得させる。
そしてアンソニー曰く、己は強いので身を守ってもらう必要などないということなのだろう。
「飛ばすから従者が嫌がるのよ」
その隣では茶化すようにアマンダが別の理由(?)を暴露している。
「はぁ」
アンソニーもその見目に似合わず、貴族らしくない貴族なのだろうか。
(貴公子のお見本みたいな方だとばかり思っていましたが、こちらが素なのでしょうか……?)
考えてみれば、顔を突き合わせている三人全員がひとりで旅行をしていた(しようとしていた)人間ばかりである。
セレスティーヌは何だかおかしくなって吹き出しそうになった。仏頂面のふたりを目の前に、困ったように眉を下げたのであった。
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「……で、どうして一緒の部屋で寝ることになった?」
「仕方ないだろう、部屋がふたつしかないのだから。お前は一応男なんだから、私と一緒の部屋になるしかないだろう」
幾つか宿屋を当たったが、三部屋空いている宿屋が見つけられなかった。
たまたま進んだ先が小さな町であり、部屋もそう多くないだろうこぢんまりした宿屋ばかりであった。
普段からそう宿泊客も多くない場所なのだろう。
アマンダやアンソニーだけならもう少し先の街まで足を延ばしてもいいが、途中で暗くなってしまう筈だ。セレスティーヌに無理をさせるのもどうなのかと思い、最後の宿屋でアンソニーが宿泊を決めたのだ。
アマンダやセレスティーヌだけでなく、アンソニーも取り敢えず眠れれば文句はないタイプである。
小さい頃はカルロと三人、泊まり込んで一緒に眠ったものだ。
どういう訳か三人が三人とも非常にすくすくと育ち、比較的早い段階で別々の部屋でないとむさ苦しい状況に陥ったのであるが。
アンソニーは備え付けのグラスに試薬をかけては毒物反応がないか確認する。
大概の毒に耐性を持つアマンダであるが、主となる幼馴染が万一毒を口にして苦しむことがないよう、小さな頃からの癖である。
「……こんな地方の安宿に暗殺者は出ないと思うけど」
「解らんだろう? 用心に越したことはないさ」
そう言いながら持参した上物の酒を注ぎ、アマンダへと差し出した。
「タリス嬢には正体を明かせたのか」
部屋の小さなソファに座り、アンソニーは自分のグラスに口をつけた。
苦みと独特の香りが口に広がり、喉を滑り落ちて行く。
「……まだ」
「早く打ち明けた方がいいぞ」
答えは聞かなくても解っていたのだろう。アンソニーからは食い気味に答えが返って来た。
アマンダはため息まじりに吐露する。
「言おう言おうとは思うんだけど、なかなか言えないのよね」
「多分、何となくは察しているんだろう? お前が言い出すのを待っているんじゃないか」
偽名で旅をしている人間の口を無理に割るのも気が引けるのだろう。
素顔も見ていれば――実際女装といえない仮装の範疇であろう姿の方が恥ずかしいが――なんなら本名も知られている訳で、今更何を隠すというのかとアンソニーは思うが、当人はそうではないのであろう。
「そうなんだろうけど。それに……」
可愛すぎて辛い、と小さな声がした。
一瞬、アンソニーが何とも言えない表情でアマンダを見遣ったが、大きな手のひらで顔を覆っているため表情は伺えない。カツラの合間から覗く耳が真っ赤で、おかしいような不憫なようなで、思わず苦笑いをした。
(彼女なら、きちんと話せば納得してくれるだろうと言うべきか。早まってそんな格好をするからだと諌めるべきか)
言うまでもなく、どちらも本人が一番実感していることであろう。
アンソニーは一番近くでアマンダを見ていたため、カルロへの気持ちが生半可なものでなかったことも知っている。……他の女性を愛することなんてないんじゃないかと思ったことすらあったが、天はアマンダことアマデウスを見捨てなかったらしい。
(……まあ、幼馴染の友人を好きになったと言われるよりはマシな話だな……)
未だ顔を隠して項垂れたままのアマンダにグラスを掲げて、温い酒を飲み干した。