10 クラウドホースを食す
ふたりと一匹はグランヴァリ川沿いの街道を南下していた。
比較的なだらかな土地が広がるエストラヴィーユ王国であるが、クラウドホース領には広大な山々が連なっており、大変に起伏に富んだ地形となっている。かすか遠くに見える山々の連なりは、隣国の山脈だ。
クラウドホース領を縦断するように、ほぼ真ん中をグランヴァリ川が流れている。
その右側が比較的平地が多く、左半分が高低差の大きな地域だ。
「昨日の星空は、本当に見たこともないくらいに綺麗でした……」
余程気に入ったのだろう、セレスティーヌは興奮気味に話している。
山の朝は寒いので、もこもこのコートを着込んでいるが、頬が淡いピンク色に染まっていた。
「ロッジが天窓になっていて、眠る寸前まで星空を堪能できたわね」
食堂を完備する本館の部屋の方が便利だろうと思ったが、ジェイが頑なにロッジを推していたのである。
殆ど寝るだけという時間帯であったが、寝室に入ってみて納得であった。
大きな天窓のある寝室はベッドの上に居ながら、満天の星空の下で横になるような気分を味わえるものだったのである。
自分の部屋だけだったら替わろうと思いセレスティーヌに声をかけたが、勿論彼女の部屋も同じ仕様だったようで、声をかけた時には天井を見上げたままそっくり返りそうになっていた。
「本当に。眠るのが惜しいくらいでいたのに、山登りで疲れたのか、気がついたら朝になってました……」
不本意そうにつぶやくセレスティーヌの様子に、我慢しきれず小さく噴き出すと、恨みがましそうな目を向けられた。
「ごめんごめん。そんなに気に入ったならまた来ればいいし。何なら昨日のキャンプの人たちみたいにテントを張ってもいいわよ?」
「キャンプ……」
セレスティーヌは大変に難しそうな表情で呟く。
野宿では眠れないなどというつもりはないが、如何せん晩秋……既に冬に足を突っ込んだ山を甘く見てはいけない。
獣除けの火を絶やさないため、外で火の番をするアマンダの姿が容易に想像できてしまう。替わると言ったところでいざという時に獣と戦うことが難しいセレスティーヌでは、殆ど役に立たないであろう。獣だけでなく、先日のように体調を崩した際、不届き者が襲撃して来ないとも限らない。万が一に備えアマンダの安全を守れるよう武術を学んだ方がいいのではないかと思う。
「また風邪をひいてしまいます。却下です。それに私、剣の稽古を始めなくては」
「剣? なんでまた?」
『きゅう?』
右肩に乗せたキャロとアマンダが、不思議そうに黒い瞳を瞬かせた。そして顔を見合わせた。
******
ゆっくりと南下する道のりの至る所から煙が立ち昇っているのが見える。
温泉のお湯の煙だ。
「クラウドホースは本当に温泉が多いのですね」
「そうね。火山があるからかなぁ、西側に大きな温泉街が集まっているかしら」
温泉自体はエストラヴィーユ王国のあちこちに存在するのだが、お隣のマロニエアーブル領とここクラウドホース領は有名な湯治場が数多くあった。
そう話すアマンダの手には、コンニ・ャクを甘辛く煮込んだ串が握られている。
「このコンニ・ャクの原料も、西側で多く栽培されているのよ」
コンニ・ャクはコンニ・ャク芋を加工した商品で、堅いゼリーのような触感だ。冷やして食べたり煮込んだり、スープに入れたりと様々な食べ方が出来る。
独特の香りがあるために煮込んだりタレをつけたりと、主に総菜として食べられるのだが、お菓子にも実用すべく品質改良の研究が重ねられ、今ではコンニ・ャクを使ったゼリーも作られているのだ。
「お芋からコンニ・ャクが出来るって不思議ですね」
芋といえばホクホクしているイメージが強い。コンニ・ャクはプリプリとかプリンとか、とても芋とは思えない不思議な食べ物である。その上腹持ちもよい。
「食べても太り難い、健康に良い食べ物なのもいいわよね~」
健啖家で身体の大きいアマンダはそう言うと、大きな口でコンニ・ャクに齧りついた。セレスティーヌも甘じょっぱいタレとほのかな出汁の香りに誘われるようにコンニ・ャクを齧る。
強い弾力と、煮汁が弾ける。懐かしいような味と香りが口の中に広がり、更には何とも言えない歯触りが楽しい一品だ。
素材の味が薄い分、タレや味付けによって多彩に変化する食材である。
道端には寒いからか、ホットワインやお茶などの暖かい飲み物に加えて、地元の食材を使ったスープが多く露店で提供されていた。
川の西側にはキャベツやネギなどが多く栽培されている。火を通すと蕩けるような甘味を増す特産のネギは、クラウドホース領だけにとどまらず王国全土で愛されている。
更に、米を美味しい出汁でじっくりと釜炊きし、地元の美味しい食材をこれでもかと乗せた、旅人のお供として大人気の『峠の釜ライスベントー』も有名である。
お隣マロニエアーブル領の焼き物を使った器というのも、どこか仲の良さを感じてほっこりするのだそうだ。
「……こう考えると、エストラヴィーユ王国は美味しいものに溢れていますね!」
ユイットで父を始め領主達の仕事の手伝いをしていた時も感じてはいたが、アマンダと王国各地を旅して、自分たちの住む場所だけでなく各地への理解と愛着が強まった気がしていた。
(愛国心というとオーバーなのかもしれませんが、各地で出会った人々との交流や思い出は、かけがえのない宝物ですもの)
そしてこれからももっと、様々な人々を知り、理解し、微力ながら一緒に悩んだり喜んだりしたいと考えている。
「そうね!」
セレスティーヌの輝くような笑みを見て、アマンダは瞳を細めた後、同じように満面の笑みを浮かべた。
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次回は火曜・金曜日更新となります。
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