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9  山小屋

 山道の入口に立ったときにはちょっと選択を誤ったかと思った。


 だが利用者は観光客が大半だからなのだろう、いざ登り始めれば意外にも道はなだらかだった。最初の懸念もどこ吹く風で、なんだかんだで景色を楽しみながら山小屋へ到着したのである。


「はぁ~! 空気が美味しいわね!」


清々しい森の空気を胸いっぱいに吸い込むアマンダ。足元でキャロも大きく腕を広げて呼吸をしている。


「あれが山小屋ですか?」

「そうみたいね」


 小屋というのでどんなものかと思ったが、宿屋のような大きな建物が一つと、小さな独立式のロッジが数棟並んで建てられていた。


 山登りに長けている人々なのだろう、少し離れた場所にテントを持参して組み立てている強者たちもいて、本当に有名なのだと知った。


「ロッジを一棟予約しているから、先ずは腹ごしらえかしらね?」


 気を利かせたジェイが、移動の最中に予約をしていったのだ。

 どんな仕掛けがあるやも解らないため、ちゃんと設備や安全に問題がないか確認したかったのであろう。

 普段はふざけた態度であるジェイだが、あれでいて仕事はきちんと抜かりなくがモットーなのだ。


 大きな建物は一階に食堂があるオーベルジュと呼ばれる形式の宿屋だ。

 素泊まりだけの安い宿屋もあるが、一般的には食堂を完備している宿屋が多い。

 ここは山の上であるため、宿泊客だけでなく、一般観光客の利用もあるのであろう。


 中へ入り宿泊の手続きを済ませて食堂へ移動した。

 幾つかのメニューをブロックごとに分け、注文を受けて手渡してくれる人がついている。


「自分たちで席に運ぶのね」

「ロッジで召し上がる方もいらっしゃるからでしょうか」


 クラウドホース領には沢山の麺料理がある。パンも米も食べるが、特に初冬の山は寒いため温かなスープに入った麺類が人気となるのであろう。温かなスープで満たされた麺以外に、肉や野菜などと香ばしく炒められたものもある。


「太さだけでなく麺の種類、入っている具材にも色々と違いがあるのねぇ」

 アマンダは周囲の人々の持っている食事に目を通しては、感心したように言った。


 麺料理以外にも地野菜とキノコたっぷりのスープや、今まで食べたトリッパ煮込みや焼きマントゥなども並んでおり、それどころか絹織物を始めクラウドホース領各地の名産品までもが場所を分けて多数並んでいた。


「お土産まで揃えて、商売上手ねぇ」

 思わずといった様子で出た言葉に、セレスティーヌも大きく頷いた。



 せっかくなので夕陽を見ながら食事を摂る。景色を楽しみながら食べる人も多いのだろう。簡易なテーブル席が幾つか点在しており、自由に利用することが出来た。


 遠くに見える山々も、すそ野に広がる街や畑、大きな川も真っ赤に染まっている。

 悠々と流れる川を見つめながらアマンダが言った。


「あの大きな川はグランヴァリ川ね」

「グランヴァリ川! こんな遠くから流れて来るのですね……」

「水源は隣国だから、とっても大きい川よね」


 クラウドホース領を真ん中ほどで分断するように流れ、幾つもの領地を横切り、東の端のサウザンリーフ領の港町・ヴェッセルで海に注ぐのだ。

 長いようなあっという間だったような夏からの旅を、その流れに重ねて思い起こした。

 

******


 夕暮れまではあっという間だった。

 陽の短くなったこの時期、茜色の空は時を置かずして濃紺色に変化して行く。夕闇色に変われば早々に一番星が輝き始め、その輝きを追うように夜の帳が降りる。


「……凄い……!」


 頭の上には満天の美しい星々が輝いていた。


 空気が澄んでいる上に遮るものが何もない空は、見たこともない程に星が瞬いていた。

 圧倒的な数の星空は綺麗過ぎて、今にも空が落ちてきそうな程の迫力を感じて怖いくらいだ。


 陽が落ちて山頂の気温はグッと下がる。吐く息が白い。

 もこもこの防寒着の合間から見える鼻は薄く赤くなっていた。


 ふたりと一匹は長い時間、飽きることなく夜空を見続けた。



 アマンダはそっと、夜空の髪と月色の瞳を持つセレスティーヌの横顔を見る。


 彼女の父の言うように銀色の瞳は静謐な夜の月にも見える。だが新しいものや面白いものを見てキラキラ輝く様は、夜空に瞬く星のようだなと思うのであった。


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