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8  ル・マレ

 目の前には広大な湿地帯が広がっている。

 視界は一面の草原であった。


 国境を分けるかのように高くそびえる山々の頂には、所々白く積もる雪が見える。

 荒々しく黒々した山肌や、見事に紅葉して色づく山々。ところによってはまだ緑の残る山も見えた。

 そんな山を映すかのように光る池塘には、真っ赤に紅葉したヒツジグサが浮かんでいた。


 広大な湿地帯には至る所に生えたサギスゲの枯れた渇いた音が風に乗り駆け巡る。その向こう、黄色い花が散り、緑の葉と金色に色づく種子を揺らすのはキンコウカか。


 視界の左側には、シダ植物であるヤマドリゼンマイが多数群生していた。異国の扇のような形をしたそれは、葉元の緑、中ほどの黄色、先端の紅と、一枚で美しいグラデーションを見せている。


 そんな秋の色の中リンドウの濃い紫の花が大層映えた。


「綺麗ですね……」


 言葉が続かないのか、セレスティーヌは黙ったまま、景色をゆっくり味わうかのように視線を左右に動かした。


 エストラヴィーユ王国は美しい国だ。四季折々、その時その場所で掛け替えのない景色や人が織りなす日常を垣間見る度、アマンダは再認識する。


「春も素敵だけど、秋もなかなかでしょう?」

「はい、とても」


 久々に、セレスティーヌの心からの笑顔をみて、アマンダはホッと息をついた。

 先日観た初代の王の肖像画の真贋が気になるのか、ずっと何かを考えるような様子が見受けられたからだ。


「さ、キャロも歩いていいわよ。走って湿原に突っ込まないようにね」

『きゅっ!』


 湿地帯の中には低い橋のような遊歩道が作られている。湿地帯の植物を傷つけぬよう、また自分達も泥で足を汚さぬよう、訪れた人間は皆遊歩道を歩く。


 アマンダによって遊歩道に降ろされ、自由に動くことが出来るようになったキャロはしきりに歩道の匂いを嗅いでいる。小走りに走ったり、アマンダとセレスティーヌを振り返ったりと忙しない。


「キャロも嬉しそうですね」

「街道ではずっと抱っこされぱなしだったから、退屈だったんじゃないかしら」


 ふたりは、やたらとはしゃいでいるように見えるキャロの様子に苦笑いをした。




 どこまでも続く歩道は果てがないように思えた。

 事実この大湿原は四つの領と三つの国に跨っており、広大な面積を占めている。隔てているのは国境の街の高い塀か、険しい山々かである。


 セレスティーヌは少し心細く感じて、暫し足を止め来た道を振り返った。


「……大丈夫? 疲れちゃった?」

 少し先に行った所で同じように振り返ったアマンダが確認するように尋ねた。


「いいえ」

「そう? 今日は凄く歩くわよ~。国境まではいかないけど、手前の低い山に山小屋があるんですって。今日はそこに泊まるわよ」

「山小屋ですか?」


 アマンダの発案はいつも考えてもみないところに飛んで行く。

 ちゃんとセレスティーヌにも行きたい場所を定期的に確認してくれるが、王都どころかユイットの街から碌に出たことがなかった彼女には、どこがいいのかなんて見当もつかない。

 なので申し訳ないと思いながらも行き先はアマンダに任せっきりだ。


 そしてその結果は、鄙びた温泉地だったり海産物の宝庫だったり、はたまた国どころか大陸一のレジャースポットだったりと千差万別だった。

 更に今日は、山小屋に泊まるのだという。


 王子(仮定)と子爵令嬢が揃いも揃って山小屋に寝泊まりするなんて、誰が思うだろうか。


「ジェイさんに叱られませんかね?」

 セレスティーヌは何だかおかしくて、くすくすと笑いながら歩みを進める。


「あらぁ、そのジェイに教わったのだけど。ル・マレに行くなら山小屋に泊まるといいって言ってたわよ?」

 心外だと言わんばかりにアマンダは口を尖らせながら言った。


「標高が高いので、冷えるかもしれませんね」


 目の前に見える、紅葉の美しい山がそうだろうか。

 セレスティーヌが確認して見れば、確かに遠くに見える険しい山々に比べれば低い山であろう。だが幾ら低いとはいえそれなりの高さがある山である。晩秋はかなり冷えるだろうと予測する。


 先日風邪で寝込んだばかりのアマンダの体調が心配なセレスティーヌは、ジェイから貰った例の薬の入った隠しポケットをさりげなく確認した。


 途端、アマンダは背筋をゾッとさせる。


「……嫌だ、何だか寒気がしたんだけど……?」

「まさか、また体調不良ですか!?」


 キッと眉毛を上げたセレスティーヌの顔を見て、アマンダは急いで首を振った。


「違うわよ! どっちかと言えば殺気よ、殺気!」

「…………」


 胡乱な表情をするセレスティーヌの周りを、あたふたと大きな身体が動きまわる。

 少し離れた場所にいる観光客たちが、何事かと不思議そうにふたりを見た。


「本当だってば! 駄目よ、可愛い顔なのにそんなに眉毛を釣り上げちゃ!」

「…………」

『うきゅきゅ~……』


 全ての景色をくっきりと縁どるような秋の青空の中。

 じっとりとした視線を向けるセレスティーヌと、いつもの如く騒がしいアマンダに、やれやれと言わんばかりのキャロが小さな手のひらを空へ向けては、肩をすくめたのが見えた。


「あっ! ちょっと、キャロまで嫌だぁ!」

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