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7  とある執務室では

更新が遅くなりまして失礼いたしました。


「子爵。私はクラウドホースへ行く用事が出来ましたので、あとは宜しくお願いいたします」


 何処からか飛んできたミミズクの足元から小さな書簡を取り出すと、それを二度程読み直してそう言った。


「えっ、お出かけになるのですか!?」


(こんな状況で!?)


 先日の新事業のお披露目会に関する作業が山積みとなっているのである。

 というのも、あれは前哨戦というか取っ掛かりというか、序の口というか……とにかく『初めの一歩』だったのだと身に染みている。


 同じように村おこしや町おこしをする為の処理や整備の一切合切が中央にあがって来ており、上手く軌道に乗るような指針を作りつつ、様々な手続きを同時進行でやらねばならぬのであった。


 事業立ち上げの基本的な仕組みはアマンダとセレスティーヌが草案を作ってくれたとはいえ、改善点ならびにそれに付随する作業は膨大なのである……数が多くなれば数が多くなるほど、それらが膨らんで行くわけで。


 国中の過疎地の実態調査を始めたのだが、その報告が続々とあがって来ている。更にはマロニエアーブルの不死鳥の如き復活が大きく新聞各社に取り上げられ、自分達もそれに続けとばかりに新規事業展開や現行の事業の改善を取り組み始めた。


 勿論、地方が活気づくことは良いことである。だが。

 誇張ではなく文字通り執務机の上には『問題』が山積しているのだ。


 アンソニーの机も子爵の机も、今にも書類の雪崩が起きそうになっていた。

 毎日毎日誠心誠意、対応と対策に追われているのであるが、いつ終わるのかは全く想像が出来ない状態である。


 ――出来ないばかりでも埒が明かないため、現在数人の精鋭を集め特別対策チームが召集されている。そのトップがアンソニーであり、サブが子爵であるが。 

 置いていかないでくれと言わんばかりなタリス子爵が、情けない表情でアンソニーを見た。


「もうだいぶ仕事にも慣れたようにお見受けいたします。子爵なら問題なく対応出来ますでしょう」


 なんともあっさりというが、『全く大丈夫じゃないよ!』と言いたい子爵だが、哀しいかな、しがない貧乏子爵でペーペーな自分が、大臣の息子で王子の側近で、名門侯爵家の嫡男であるアンソニーに言える筈もないのであった。


「私には荷が重くございます……!」

「大丈夫です。慣れです」


 謙遜と思われたのか、ポーカーフェイスで言い捨てられた。

 ガックリと項垂れる子爵を見て、アンソニーは何かを考えるように顎を手で触る。


「…………。では、私の替わりにクラウドホースに向かわれますか?」

「えっ?」

「子爵は、絵画の目利きなどは如何ほどか?」

「目利き?」


 人並みな鑑賞の範囲であり、目利きとかそういうことはあり得ない。小さく首を振っては、首を傾げる。

 首を傾げたま、ポーカーフェイスというか、もう無表情の域のアンソニーをおずおずと見遣った。


 ……冴えないおじさんに遠慮がちに上目づかいで見られたとして、ただただ気持ち悪いだけであろうが。


「セレスティーヌ嬢が、国宝の絵画が贋作ではないかと違和感を持っているらしい」

 思わぬところで自分の娘の名前が出て来て、子爵は娘の名前を叫びそうになった。


「セレスティーヌがですか? 何故に国宝についての真贋など……」


(出来るのか?)

 思わず首を傾げる。別段、特別に美術の勉強をさせた記憶はなかった。


 確かに社交をするよりも仕事をしたり書物を読んだりするのが好きな娘であったが。……ときには絵画鑑賞などに出掛けることもあったかもしれないが……


(それにしても、真贋判定?)

 全くの謎である。


「本来であれば鑑定士に直接依頼してもいいのだが、物がものだけに事前に状況確認をしておきたいと王子から依頼がありました。私も同感です……場合によっては大騒ぎになる故、慎重に事を運びたい」

「……なるほど……」


(大騒ぎ……王子、贋作……。どうしてあなた方はそんな事にばかり遭遇するのですか!?)

 そう心の中でアマンダとセレスティーヌに問いかけるが、勿論答えが返って来る筈もない訳で。


 それにしても目の前の青年は、美術品鑑定まで出来るのかと感心する。そして、出来ないことなんてあるのだろうかと心の中で自問自答する。

 いや、ただの自己逃避かもしれないが。


「で、どうされますか?」


 何を、と言いかけて口を噤む。

 子爵が美術品鑑定で真贋を見抜ける目を持っているかということと、それならばクラウドホースへ行くかということである。


「……………………。お早いお帰りをお待ちしております」

 たっぷりと間をとった後、子爵は血の涙を流しながら頭を下げた。


「解らないことがあったら法務大臣に聞いていただくか、私の父に訊ねるかしていただければ」

「…………」


(大臣……)


 子爵はとんでもない大物に質問をしに行かねばならないことに戦慄し、顔を青くした。


「あ、私の父は財務大臣のフォレット侯爵です」

(知っております!)


 新商品お披露目会の夜の部で初めて御目通りしたフォレット侯爵は、美男子な上に如才ない現職の大臣であるが、意外に気さくな人柄であった。


 息子であるアンソニーが気に入って引っ張って来たという噂の子爵を上から下から眺めては、次々と質問を浴びせていた。結果、フォレット侯爵も子爵を気に入ったようで有力者に顔つなぎをして回っていたが、子爵の目が若干白目を剥いていたように思えるのはなぜだろうか。


 その時と負けず劣らずの真っ青な顔をした子爵に、アンソニーは無表情のまま首を捻る。


「ここの整備関連も財務関連のことでしたら解るかと思いますので。大臣に話し難いようであれば、国王か王妃様にご確認ください。自分の息子がやらかしてる案件ですので、ある程度の進捗は上げておりますので」


 王妃は目の前の案件に、元々一枚噛んでいる。

 地方の問題解決のためアマンダに頼まれ、マロニエアーブルの新事業を広めた張本人だ。


 王は王で息子よりもやんちゃな国王であるが、仕事はそれなりに熟している。国王も王妃も、タリス子爵と(来るか来ないか解らない未来のために)親睦を深めたいと画策しているのだ。よって子爵が質問をしたところで問題ないであろうと、アンソニーの中で帰結した。


 結果、子爵は青を通り越して土気色の顔色になり、やはり白目を剥いているように見えるのはなぜだろうか。


「両陛下への御目通りの際の申請方法ですが……子爵?」

「あばばばばば!」


(国王! 王妃様!!)

 限りなく小市民に近いタリス子爵は、白目を剥いたまま後ろにひっくり返ったのである。

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