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4  広場にて

 近くの街で開かれるというハロウィン。


 クラウドホース領では領地を幾つかのブロックに分け、毎年大掛かりなメイン開催場所を移動させるのだそうだ。

 勿論秋祭りであるため、各地で似たようなイベントが行われてはいるだろう。


「どうしても領都に集中しがちだから、公平に分散させる為でしょうね」


 祭りによる経済効果というのはなかなか無視できない。

 領内だけでなく近隣地域からの集客も相まって、かき入れ時と言われる賑わいを見せる。


 街の至る所にハロウィンのちょっと怖いような、ときにユーモラスなおばけや蜘蛛、コウモリなどの装飾が賑やかに飾られている。


 アマンダは店先に並んでいる衣装を手に取り、セレスティーヌに宛てた。


「セレはどんな仮装にする? 綺麗な黒髪に合わせて黒猫ちゃん? それともセクシーな魔女かしら」

「いえ、私は……」


 小さな子どもならまだしも、成人も近い人間が仮装するのは気恥ずかしかった。


「あら。こうして大人用もあるのだもの。せっかくだからしましょうよ、仮装」


 そう言った隣を、動物やおばけ、ドラキュラなどに扮した子ども達が走り抜けていく。

 ふたりは元気な子ども達の背中をほっこりと見送りながら視線を合わせた。


「……アマンダ様はなさるんですか?」

「アタシは……」


 洋品店の店先を見渡しては、長い耳のついたヘッドドレスを手に取った。

 フリフリのフリルがこれでもかと言わんばかりに縫いつかられ、ドレスに合わせたようにピンク色のリボンが可愛らしさ全開で結ばれている。


「…………」

「これ可愛くない!? じゃあ、セレはこれにしましょうよ!」


 控え目な(?)ネズミの耳のカチューシャを持って振り返った。

 恥ずかしがりやな彼女を慮ってのことだろう。

 

「…………」

「しっぽもあるわよ♡」


 いつの間にかアマンダの頭の上には、ピンと立ったウサギの耳が揺れている。


「……ええ~……」




 アマンダの笑顔(の圧)に負けたセレスティーヌの頭には、丸いネズミの耳が揺れている。勿論腰のあたりには細長いしっぽも揺れていた。


「可愛いわね!」

『きゅきゅ!』


 アマンダと、その肩に乗ったキャロが楽しそうにセレスティーヌを誉めそやす。


 落ち着かないセレスティーヌは、ワンピースのスカートに軽く縫い付けられているしっぽを見て何とも言えない表情だ。


 大人も子どもも思い思いの仮装をして、大きな通りを進んで行く。


 商魂たくましい人たちが通り沿いに陣取り、食べ物やら飲み物やら、仮装小物やらの露店を出している。


「あれ、クラウドホース名物、焼きマントゥじゃない?」


 アマンダの指差す方をみれば、大きなパンのような『マントゥ』を串に差し、甘じょっぱい味付けのタレを塗り焼いたものである。

 周囲にはマントゥの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。


「せっかくだし、食べてみましょう!」

「はい!」


 言うが早いか、アマンダは人波をかき分けて進んで行く。


「はぐれちゃうから、手、繋ぐね?」


 数歩進んだところで振り向き、そう言うと、小さな手を大きな手が優しく包み込んだ。


 ぶわり。

 顔と耳に熱が一気に広がる。繋がれた手を見て鼓動が跳ねた。


(はぐれないように、気遣って下さっただけなのに……。アマンダ様が向こうを向いていて良かった)


 セレスティーヌは空いた手で顔に風を送る。


 動揺していたためか金の巻き毛に隠れて見えなかったのか、アマンダの耳も赤くなっていることに気づかなかった。



 人波をかき分けるように斜めに進み、焼きマントゥ二本を購入する。


「凄く大きいですね……!」


 遠目に見ても大きいと思ったが、近くで見るとかなり大きい。そして重い。


 太く大きな串に刺されたマントゥは、一つがセレスティーヌの拳くらいある。それが四つ串刺しにされ、白い生地が見えないくらいにタレが塗られていた。


「香ばしいイイ匂い! ……わ~、もっちりしてる!」


 早速、まだ湯気の立ち昇る焼きマントゥに齧りついたアマンダが、口をハフハフさせながら言った。


(……食べきれるかしら)


 余りの大きさに躊躇するセレスティーヌを見て、にっこりとする。


「美味しいわよ。こういうのはお行儀悪く、ガブリと行っちゃいなさいよ!」


 ネズミの耳をつけたセレスティーヌが大きなマントゥに困った顔をしているのが可愛らしい。意を決したような表情で小さくかぶり付く姿は、もっと可愛らしかった。


「想像より柔らかいですね」

「冷めちゃうとカチカチになっちゃうんですって」

「じゃあ、早く食べないとですね!」


 マントゥがほのかに甘いからか、しょっぱ味のあるタレが良く合うのだろう。

 ほっぺをパンパンにして咀嚼するセレスティーヌを、黒い瞳を細めて眺めた。


 結局半分を食べたところでギブアップしたセレスティーヌと、いつもの如くあっという間に全てを腹に収めたアマンダは、人波に流されるように目的地へと進んで行く。


 街の至る所で催しが開かれているが、中央のメイン会場となっている大きな舞台へ向かう。


 動物の仮装をした音楽隊が楽し気な音楽を奏で、妖精に扮した踊り子たちがくるくると踊っていた。見ているお客様――領民たちも楽しそうな笑顔が溢れていた。


「さぁ、お集りの皆さん。いいですか~? 行きますよ~? 『お祭り、くる!?』」


 陽気な男性司会者が、身振り手振りで盛り挙げながら舞台を見ている人々に言葉を投げかける。


「『いく! いく~!!』」


 凄まじい大音量で合いの手が返る。いえ~い、と言いながら司会者が拍手をした。


「息がぴったりですね」


 セレスティーヌが楽しそうな領民たちと、舞台の上の司会者を交互に見る。

 ……クラウドホース領では、こう言ったらこう返すというお約束があるものなのだろうかと心の中で疑問を呈しながら。


「それでは歌い手さんに歌っていただきましょう。ここからは『The歌は引ッパレ』のコーナーです! それではご一緒にぃ!『見タイっ! 聴きタイ、歌いっタイッッ!!』」


 大きな声でそう言うと、踊り子もいつの間にか壇上していた歌い手も、司会者と同じような身振り手ぶりをしては、最後、一斉に舞台の上側にぶら下げられていた金ぴかの魚――鯛――の模型を指差した。

 大歓声である。


「盛り上げ上手な方ですね。プロの方でしょうか」


 感心してアマンダに訊ねると、悟りを開いたような顔で答えた。


「クラウドホース公爵ね……」

「えっ!?」


 壇上で陽気に歌に合わせて身体を動かす司会者を見る。

 

 他の演者達とも楽しく視線を合わせ、掛けられた言葉には気さくに頷いており、飾り気のない気配りの行き届いた人なのだろうと察せられた。


「公爵は若い頃、芸人をしていたのよ」 


(芸人……?)


 ひと口に芸人と言っても様々である。

 クラウドホース公爵はコントと呼ばれる短い喜劇を演じたり、時には本当の俳優に混じって舞台に立ったり。このように行事の司会進行を務めたりしていたのだという。


 特に司会進行には定評があり、かなり有名だったそうだ。


「知りませんでした……」

「でしょうねぇ。今でもこうやって自ら、領地の行事の司会を務めているのね」


 まさかここで会うとは思わなかったけど、と付け加えた。


(しかし、我が国の公爵様方って……)


「えっと。公爵家はお家を継ぐ前に、何か変わった経歴を持っておかなくてはならないってわけではないのですよね?」

「多分? 聞いたことはないわね……少なくともローゼブルク公爵家には、そんな変な決まりはないと思うけど」


 曾祖父だというローゼブルク前々公爵を思い出して首を傾ける。

 セレスティーヌもローゼブルク前々公爵やそのお付きの人々を思い返しては首を傾げた。


「それじゃあ、個性的な方が多いんですね?」

「そうね」


 ローゼブルク前々公爵を筆頭に、サウザンリーフ公爵やマロニエアーブル公爵も思い浮かべながら、食い気味に返事をする。

 個性豊かであることは間違いがないであろう。


『うきゅ?』


 キャロも小さな羽角を動かしながら身体を横に曲げていた。

   

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