3 名物料理とアンニュイと
アマンダが良く煮込まれたオ・キ・リコミを口に運ぶ。幾つもの食材から出た旨味が絡み合うスープが滋味深い。
幅広い麺が煮込まれ、角が溶けたのか、微かにとろりとしているようで、麺や具材によく絡む。
「お野菜がとっても甘いですね」
「寒くなって来たから、糖度が増しているのかもね。領地の南西部はネギの産地で有名なのよね」
やはりよく煮込まれて、中心まで味の沁みたネギを口にする。旨い。
セレスティーヌはハフハフと息を吹きかけながら、小さな口をもきゅもきゅと動かす。
「美味しいです」
「最近寒いし、病み上がりには沁みるわねぇ」
旨味が強いが非常に優しい食べ物だ。病み上がりとは何だったかと思う速さで胃の中に納まって行く。
「はーい、お待たせしました。『クラウドホース風トリッパ煮込み』だよ!」
トリッパは動物のモツを煮込んだ料理だ。各地方・各国特産の調味料を使ったものや、モツの種類や具材も地域や各家庭によって様々。
トマトで煮込んだ華やかな赤のトリッパ。豆や麦などから作った調味料と砂糖などを加えて作る茶色いトリッパなどがあり、好みもそれぞれだ。
テーブルに置かれたそれを見れば、モツと根菜が一緒に煮込まれた薄茶色のトリッパが、こっくりとしたソースというかタレと言えばいいか――を纏っていた。
一見地味な見た目であるが、食べなくても解る。
これは間違いなく旨いに決まっているだろう。
「この辺は養豚も盛んだから、新鮮な豚の内臓が手に入るのよ」
観光客だと解かるのか、おかみさんが色々と説明をしてくれた。
そしてふたりして同時に口に運ぶ。
無言で悶えるように俯いたり頷いたりしながら咀嚼すると、一気にアマンダは赤ワインを、セレスティーヌはしゅわしゅわと泡が弾けるシードルを煽った。
ぷはっ! 満足気に息を吐く。
「間違いないわねっ!」
「ですですっ!」
『うきゅ!』
隣でクルミの殻を齧りまくっているキャロも満足気に声を上げた。
「明日、祭りには行くのか?」
「そうだな。ハロウィーンだしな」
楽しそうに飲みながら話すふたり連れの声が聞こえて来る。地元の男たちなのだろう、腕まくりをしてだいぶ出来上がっているように見えた。
「お前も仮装するのか?」
「まさか!」
そう言って大きな声で笑う。
それを聞いて、アマンダが納得したように呟く。
「ハロウィンか……」
収穫祭と、亡くなった先祖が家に帰って来るという言い伝えと、それに便乗して悪霊や魔女が来て災いを起こすのでそれを追い出すという宗教的な行事がごっちゃになった、晩秋から冬へ向かう時期のお祭りである。
子ども達や若い女性が思い思いの仮装をして楽しむことが多い。
元は悪霊や魔女に見つかっても仲間だと思わせ、自分の身を守るために同じような仮装をしたのだという。
「そういえば、家々の玄関先にくりぬかれたカブやカボチャのランタンが飾ってありましたね」
体調不良ですっかり消し飛んでいたが、様々な場所でハロウィン独特の装飾が目を楽しませていたのを思い出す。
「明日、近くでお祭りがあるみたいね。せっかくだし、アタシたちも行きましょうよ!」
そう言ってアマンダは黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせた。
提案のテイをとっているものの、ほぼ決定だといってよいだろう。
セレスティーヌはくすりと笑うと、頷く。
「では参りましょうか。ですから、お酒はほどほどに致しましょうね?」
母親か姉、もしくは先生のようにそう言う彼女を見て、アマンダは苦笑いをした。
年の割にしっかり者のセレスティーヌはどんな仮装をしたら似合うだろうかと考え、アマンダは再び瞳を細めたのであった。
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「……凄いですね」
翌朝セレスティーヌは、アマンダの手の中にある小さな衣装を見て心底感心をした。
ミミズクの羽角を模したカチューシャと、腕の動きを邪魔しないようにこれまた丁寧に肩口を縫われた小さなベスト。そしてその背中には翼らしき装飾がつけられていた。
細い針金にシフォンやリボンが細かく縫い付けられて、羽根のようになっている。
更に着る者を傷つけないよう、針金は一つ一つ丁寧に先が丸められている塩梅であった。
「これ、アマンダ様が作ったのですか?」
(……凄い……)
職人技のようなミニチュアの衣装に、セレスティーヌはまじまじと視線を走らせる。
薄いシフォンを綺麗に合わせてある縫い目を見れば、非常に丁寧かつ規則正しい運針である。
「どうしてもキャロにも仮装をさせたくて、夜なべしちゃったわ♡」
「申し訳ございません、手伝いもせず……」
「いいのいいの! 完全に自分の趣味だから!」
「手芸が趣味なのですか?」
別に、男性が縫物をしてはいけないなどとは思わないが……。確かにアマンダならば、手芸が好きだとしてもおかしくはないのだが……一応侍女として付き添っているというのに、縫物の一つも手伝わないなんて名折れもいいところだろう。
「そういわけじゃないのよ。可愛いものを可愛くしたいのが趣味なのよ」
聞けば、花婿修行の一環で刺繍なども体験済みなのだという。ナゼ? と思うが、超高位貴族とはそういうものなのだろうと思い疑問を吞み込んだ。
「最近の花婿修行とは、刺繍も学ぶものなのですね」
「いや、家がちょっと特殊なのかしらね? お嫁さんに来てくれる人がいたとして、その人がこう、少しでも打ち解けてくれる手がかりになればとか。あとは高位貴族の中には趣味で料理を振舞うのが好きなおじさんとかも結構いるから、話題の糸口よね?」
手芸だけでなく、料理もイケるらしい。
貴族は女性といえども自分で調理場に立たないものであるが、隣の国の王様は自ら料理をするのが趣味だと聞いたことがある。別の国のお妃様はお菓子作りが大好きだとも聞いた。
雅な方々にとって料理は気分転換にでもなるのであろうか。
とにかく外交の取っ掛かりやヨイショなどの話題提供に乗っかるため、基本くらいは習得しておくべしということなのだそうだ。
(というか。お嫁さんを娶るお気持ちはあるのですね……)
本人曰く、特別男性が好きと言うわけではないものの、なぜだか好きになった人は幼馴染の護衛騎士であったそうで。
一度だけ、彼が心を寄せるお相手である青年――カルロを見たセレスティーヌは、気の良い大型犬のような青年だと思ったものだ。そして小柄なセレスティーヌが見上げる程の上背に、本気で首を痛めるのではないかという考えがよぎった。
大柄なアマンダが好む人は華奢で小柄なのかと想像していたが、アマンダに負けず劣らずの大柄な男性だったので大変意外であった。
高身長・細マッチョイケメンのアンソニーが小柄で華奢に見えるという、とんでもない組み合わせである。
(ご本人の仰る通り、中身でお選びになったのでしょうね)
アマンダの身分からいっても、いつか誰かと婚姻を結ばねばならないのだろう。
形だけの婚姻を結ぶことも、貴族社会にはない訳でもないが。
人恋しい淋しがり屋なアマンダには、是非、心を通わせた結婚をしてもらいたいと思う。
そう思うと、不思議と息苦しいような感覚になって、大きく息を吸った。
(お人柄に惹かれたのなら、素晴らしいご令嬢が現れたら、女性と恋に落ちることもあるかもしれないわ)
その方が周囲にとっても国にとっても喜ばしいと思われるだろう。
なぜだか胸がちくりと痛んだ気がして、セレスティーヌは小さく首を傾げた。
「ほら見て! 小さなミミズクよ!」
『きゅきゅ~』
頭に羽角をつけ、アマンダによって翼つきのベストを着せられたキャロが、彼の手のひらの上でポーズを決めていた。
セレスティーヌは顔を綻ばせる。
どうしてか沈みそうになる気持ちを浮上させるように、大きく口角を持ち上げた。
「とっても可愛いですね! キャロ、似合うわ。素敵よ!」
「?」
らしくない笑顔のセレスティーヌを見て、アマンダとキャロは密かに顔を見合わせたのであった。