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2  温泉地で羽を伸ばす

「それじゃあ、あまり無理なさらないでくださいよ?」


 激マズの薬の効果は凄まじく、一時間もしないうちに平熱になった。


 口に残る後味の悪さと激臭にゲンナリしているアマンダと、あまりの回復の速さに唖然としているセレスティーヌとキャロに微笑みながら手を振ると、颯爽と去って行く。


「もう大丈夫そうですね」


 ホッとした表情でセレスティーヌが微笑むと、アマンダは口をへの字にした。


「まさか、フォレット印の秘薬を飲まされるとはね……」

「すみません。苦しそうでしたので、ジェイさんに連絡してしまって」


 しょんぼりするセレスティーヌに、アマンダは慌てて言い募る。


「違う違う! 責めてる訳じゃないのよ。困った時にジェイを呼ぶのも間違ってないわ」


 ただ、飲む羽目になった薬が問題なのだ。

 セレスティーヌがあの悪魔の薬を持っている筈がないので、ジェイが持参したのであろう。


「凄い効き目でびっくりしました」

「……フォレット侯爵家の秘薬は、クソ不味いけどアホのように効くのよねぇ」


 とても効くのだが、二度と口にしたくないレベルの味と臭いなのだ。


「フォレット侯爵家は薬品関連の事業もしているのだけど、それは侯爵家が元々薬の調合に長けた家だからなのよね」


 優秀な人間が多いフォレット侯爵家は、長きに渡って薬の研究を趣味のひとつ(?)にしている人間が多い。


 休めるようで休めない王家と交流が深いこともあって、彼の家の秘薬を頼りにすることも多いのだが、その味と臭いたるや、トラウマレベルの代物なのだ。


 効き目に特化したものであると説明を受けたが、モノには限度というものがある訳で。

 あの家の者が作った薬は人が口にしてはいけない類のものであるとアマンダは思っている。


「そういえば、サウザンリーフでの傷薬も凄い効き目でしたね」


 セレスティーヌを庇って毒の塗られたナイフで怪我をしたアマンダが、毒に苦しんだ方がマシだと絶叫した代物である。

 確かあれも、フォレット家の秘薬のひとつであったことを思い出す。


「とにかく、治ったとしても大切な別の何かが削られていく気がするわ……」


 そう言って遠い目をした。

 セレスティーヌは、ジェイから預かった風邪薬が入った隠しをこっそりと押えた。


「アタシ、普通の薬なら浴びる程飲んだって構わないと思ってるわっ!」

「それはそれで身体に悪い気がしますが……」


 意気込んで拳を握るアマンダは心に誓う。


「取り敢えず、ここを発ったらすぐさま風邪薬を買うわ」


******

「は~、極楽極楽♡」


 アマンダは温泉に入りながら存分に手足を伸ばした。

 一日歩き回った足はもとより、温まった身体がほぐれていくのが判る。


 フォレット家謹製風邪薬を服用後、数時間で全快となったアマンダ。


 本人としてはすぐさま宿を発っても問題なかったのだが、看病をする羽目になったセレスティーヌに一晩休むよう懇願されてしまったのだ。

 いつも元気なデカい奴がうんうんうなされて、さぞや心配をかけたに違いない。


(申し訳ないことをしちゃったなぁ……)


 そんな罪悪感も手伝って言いつけ通り一日ベッドで休んだ後、ふたりと一匹は再び旅を再開したのである。

 勿論一番に薬局に飛び込んだのは言うまでもない。

 

 既にクラウドホース領に入っていたが、幾つかの街や村を歩き、今日の宿は小さな温泉街に落ち着いた。クラウドホース領は温泉の宝庫で、あちこちに多数の温泉が存在する。


 大きな温泉地も複数あるが、ここはロートブルク山の近くの温泉街。

 きっと滋味深いキノコを始めとしたロートブルク山の恵みや、甘味の増した冬野菜など、沢山の美味しいものをいただけるのではないかと期待していた。


******


「こちらがクラウドホース名物の『オ・キ・リコミ』ですよ」


 食堂のおかみがそう言って、テーブルに鍋を置いた。

 ふたり分にしては大きな鍋には、沢山の根野菜と旬の野菜、キノコ、そして太い幅広の麺がたっぷりと煮込まれている。


「うわ~、グツグツいってますね!」

「いい香りねぇ」


 腹ペコなアマンダのお腹が今にも鳴き出しそうである。

 沢山の食材から出た出汁の香りと調味料の香りが、この上なく食欲を刺激する。

 すぐさま目の前のスープを思いっきり味わいたいと思うが、大人しく取り分けられるのを待つ。


 小麦の名産地としても名高いクラウドホースは、小麦粉を使用した料理が広く食されており、『オ・キ・リコミ』もその一つだ。


「『クラウドホース風トリッパ』もおススメですよ!」


 気さくなおかみさんが名物を教えてくれる。


「じゃあ、それも頂こうかしら。……それと……」


 トリッパに会いそうな酒を吟味していると、セレスティーヌの尖った瞳とぶつかった。


「病み上がりなんですから、程ほどに、ですよ?」

「……了解デス。キャロにはこれね」


 堅い殻のついたクルミを渡す。途端にキャロはつぶらな瞳を輝かせた。


『うきゅ!』


 小さな手で受け取ると、すぐさまカリカリと小気味よい音をたてて齧り出す。


「いい音ね」

「凄い堅そうですけど、適度に齧らないと歯が伸びてしまうんですよね?」

「そうみたいね。結構難儀な生き物なのねぇ」


 楽しそうに一生懸命に齧る姿を眺めて、ふたりは顔を見合わせて笑った。


「じゃあ、私たちもあつあつのうちに食べなくちゃね?」


 タイミングよくワインとシードルが運ばれて来たので、ふたりはグラスを合わせる。


「それでは改めまして、新規事業の成功と新しい旅」

「アマンダ様の全快を祝して」

「「カンパーイ!!」」


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