20 新しい名前
こちらのお話で第二章最終話となります。
お読みいただきましてありがとうございました。
第三章は9/12開始予定です。
次章もよろしくお願いいたします。
誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、セレスティーヌは振り向いた。
「どうしたの、セレ?」
「……なんだか誰かに呼ばれたような気がして」
「空耳かしらねぇ」
『きゅ~?』
ふたりと一匹は揃って首を傾げた。
万が一集落の人々に困ったことがあったらと思い、近くの宿屋で数日様子を見ていたのだが……特に問題はないようだ。
粛々と炭焼きの煙が、山間の村から青い空へと立ち昇っているのが見えた。
ジェイからは無事に納品を終えたこと。加えて無事貴族や商人たちへのお披露目を終えたこと。評価は上々であったことなど、都度連絡を受けていた。
アンソニーからは以前から上にあげていた代官選別に関するあれこれが法案として通り運用され始めたこと。実態調査として都市部から離れた土地を中心に調査を開始していること。そして有能な部下が出来たという喜びの声が届いていた。
「……あいつの下でこき使われる人も大変よねぇ」
アマンダは心から、その不幸な人物に同情した。
いつも仕事を振られまくっている身としては、とても他人事とは思えないのだ。
「アンソニー様ですか?」
「そう。何だか少し前に優秀な人物をスカウトしたんですって」
「まあ! あのアンソニー様に認められるなんて凄いことではないですか」
素直に感心するセレスティーヌの隣で、何とも言えない微妙な顔のアマンダが小さく首を振った。
「そうだけど……でも、出来る人間にどんどん仕事を振る仕事鬼畜みたいな人間だから。何だかその人に同情するわぁ」
「あ……」
アンソニーという人物は根は悪い人には見えないのだが、アマンダの言っていることも解らなくないために上目づかいで頷いた。
「で、でもアンソニー様に認められるような方なら、期待に沿うように対応をなされるんじゃないでしょうか?」
「うん……そうだといいわよねぇ」
アマンダは心の平安を求めるようにチンチラに抱き着いた。チンチラは『ギャッ』とも『ギュッ』ともつかない声で鳴くと、ふわふわもふもふのしっぽを高速で動かしては、ビシビシ・バフバフとアマンダの顔を叩いた。
「いたたたたた! ……相変わらずツレないわねぇ」
何だかんだで仲睦まじい(?)アマンダとチンチラを見てセレスティーヌは微笑む。
「さて。いつまでも『チンチラ』じゃかわいそうだから、名前をつけましょうよ」
「アマンダ様は良い名前、ありますか?」
「セレはないの?」
これだというものがなくて曖昧に首を傾げる。
アマンダは木陰に敷き布を広げてセレスティーヌを座らせると、布の上にリボン、レース、人参、ナッツ、リンゴ、草、干したコーン、乾燥オレンジを並べた。
「じゃあ、この子に選んでもらいましょうよ」
首を傾げるチンチラを持ち上げて、しげしげと観察する。
「この子、男の子ね……」
『グーッ・グーッ!!』
「い、いだだだだ!」
チンチラは後ろ足を素早く上げると、高速でアマンダの顔にケリを連打していた。
存分に蹴られた後、敷き布に静かにチンチラを降ろす。ふたりはどれを選ぶかじっくりと観察を始めた。
チンチラはふんふんと匂いを嗅ぎながらゆっくりと進んで行く。
交互にアマンダとセレスティーヌの顔を見ては、ひとつひとつ確認するように鼻をつけていた。
「……カワイイ……♡」
「アマンダ様、ダメですよ」
一生懸命選んでいるチンチラを見て、アマンダは大きな身体をクネらせている。
セレスティーヌが尖った目で見た。
「わかってるわよぅ」
言いながら口を尖らせる。
散々迷ってぐるぐるとしていたが、小さな手が掴んだのは人参の切れ端である。
「「意外!」」
堅いものや甘いものを手に取るかと思えば、野菜を選ぶとは。
「本来は草を食べてるから、人参でも充分に甘いのかもね」
「じゃあ、お名前は『キャロット』?」
『きゅ?』
人参を手にしたまま首を傾げている。
「長いわね。普段は『キャロ』かしらね?」
思案気に小首を傾げれば、トレードマークの金の巻き毛が揺れた。
「食べていいわよ、キャロ♡」
暫しじっと考えるようにしていたが、美味しそうに人参を齧り出す。
愛らしい姿を堪能しては、ふたりで顔を見合わせて笑った。
敷き布に座って過ぎ行く秋の気配を感じて、まったりとした雰囲気で寛いでいると、高速回転する車輪の音が聞こえて来た。
何事かと音のする方向を見遣る。
「はーい、どいたどいたどいたぁ~!」
ちょっと独特のイントネーションで周囲の人々に注意を促しながら、荷台を引っ張り走るおじさん……お爺さんにさしかかった年齢の男性が走って来た。
そう大きな身体でないにもかかわらず、腕や肩幅はがっしりとしている。身体を鍛えていた人なのだとわかる。
そして、凄い速さで回転する車輪が砂埃を巻き上げていた。
「どうされたんですか?」
知り合いなのだろうか、道を歩いていた壮年の男性が頭を下げては、荷車を引っ張る男性に話し掛けた。
「中央から、なんだか注文がわんさか来たんだよ! 山ン中はじーさんとばーさんばっかりだから、手伝いに行かないと大変だから。ちょっくら行ってくんだよ!」
急いでいるのだろうが、どことなくのんびりした口調で答えると再び走り出す。
「それはお疲れ様です。何かお手伝い出来ることがあったら仰ってください!」
既に遠くなりつつあるお爺さんに向かって、壮年の男性が声を張る。
「おー、サンキューサンキュー! OK牧場!」
大きな声で片手を上げながらOKサインを出すと、荷車共々あっという間に走り去って行く。
目の前を通り過ぎる荷車に、ふたりと一匹は瞳を瞬かせた。
「……炭か木屑の大量注文みたいね?」
アマンダが後姿を見送りながら言った。
「どなたでしょうか?」
マロニエアーブル公爵にも説明済みだと言っていたことから、領地の係の人だろうか。
首を傾げるセレスティーヌに向かって、アマンダは言い難そうに口を開く。
「……マロニエアーブル公爵本人、だわね……」
「えっ!?」
既に豆粒のようになった道の向こうの後姿を二度見する。
護衛もつけずにと言おうとしたが、マロニエアーブル公爵は元格闘家だったのかと思い直す。
その辺りは隣にいるアマンダも言えたギリではないので、この国の高貴な人というのはそういう人間が多いのだろうと結論付けた。
「何だか、個性的な公爵様ですね……」
「……そうねぇ」
ふたりはしみじみと噛み締めるように言った。
「公爵が協力的みたいだから、もう大丈夫ね。ここにもだいぶ長居をしたし、そろそろ出発しましょうか」
これから領地を南下して、名物の美味しいソースのかかった『芋の串フライ』や、耳の形をした麺料理『イヤーヌードル』を食べる予定だ。
それにマロニエアーブル領で飲み継がれているという、有名な『レモンミルク』も是非とも飲んでおかねばならないだろう。
道の途中で見つかったら、是非とも至急速やかに飲まねばと思うふたりであった。
顔を見合わせれば、自然と笑みがこぼれる。
互いが互いに、大きな信頼と安心感を持っていることを感じさせる穏やかで力強い微笑みであった。
そして。
「ちなみに、『OK牧場』って何ですかね……?」
「それ、アタシが解かると思う?」
言ってみたものの、そうですよね、そうセレスティーヌは思う。
『きゅきゅきゅ~!』
キャロットが人参をいっぱいに頬張りながら、愛らしい声を上げた。
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