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5 宿屋で二杯 前編

「フォルトゥナもいいけど、どうせならまず、サウザンリーフに行かない?」

「サウザンリーフ、ですか?」

「そう!」


 エストラヴィーユ王国には、オステン地方の他に、先ほどから話に出ているフォルトゥナ地方、東側にはサウザンリーフ地方とローゼブルク地方、北側にマロニエアーブル地方とクラウドホース地方、南にディバイン地方とがある。


「サウザンリーフと王都の隣接する所に、『ドリームランド』があるのは知ってるでしょう?」

「ドリームランド!!」


 アマンダの言葉に、セレスティーヌは瞳を輝かせて復唱する。


 ドリームランドとは趣向を凝らした庭園を始め、楽団・劇団のショーが楽しめたり、可愛らしい動物を模したキャラクターグッズが売られていたり、スリリングな遊具や様々なイベントを楽しめるエンターテイメント・スポットである。


 その名の通り、夢のような国なので『ドリームランド』と命名されている。


「一度行ってみたいと思っていたんです!」


 頬を紅潮させて興奮する年相応な姿を見て、アマンダは黒い瞳を細めた。


「折角なんだし、パーッと遊んで、嫌なことなんて忘れちゃいましょう?」


 でも、と言いたそうなセレスティーヌに口を挟ませないようにアマンダが続けた。


「アタシ、向かっている途中だったの。だから一緒に行ってくれると助かるわ」

「……そうなのですか?」


 おずおずと丸い瞳で上目遣いに見上げた。

 あざとい訳ではなく、アマンダとの身長差ゆえの産物である。


「ええ。あとは酪農なんかも有名な土地だから、牧場でもふもふたちと戯れたり、ナッツの名産地だからそれを使ったお菓子を食べまくったり……」


 アマンダは大きな手の太い指を折り曲げながら、セレスティーヌに説明という名のプレゼンを繰り広げた。


「もふもふ……ナッツ……」


 自分の気持ち一つで迷う必要なんてないのに、グラグラと何か迷っている愛らしい様子を見て楽しんでいると、もう一度『もふもふ……』と呟きながら手をワキワキさせている。


 アマンダは随分と可愛らしい様子のセレスティーヌを見て吹き出しそうになりながらも、もう一押しと更に指を折った。


「それに、海もあるわね」

「海?」


 王都のあるオステン領にも南側から東側にかけて海があるが、サウザンリーフ領は領境の多くが海に囲まれている。


「魚を見たり、美味しい海鮮を食べたり……」

「行きます!」


 遂に説得されたらしいセレスティーヌが、陥落し無念と言わんばかりの難しい表情で頷いた。


「そう来なくっちゃ! じゃあ取り敢えずは王都を脱出しちゃいましょう」


 追手が来るといけないからとイタズラっぽく言うと、アマンダはニンマリと笑みを浮かべた。


******


 しこたま飲み食いしたからか、腹が重い。


 セレスティーヌは初対面の人間の目の前で酒を煽ったばかりか、自分の境遇にクダをまいたことを思い出し、顔を強張らせた。淑女以前の問題である。


(私ったら、なんてことを……!)


「あばばばばばば……!」

「どうしたのよ? えっ、もしやキモチワルイ?」


 おかしな様子のセレスティーヌに、アマンダはどうしようとオロオロと周りを見渡した。


「ち、違うのです! 私、とんでもない醜態を……!」

 

 羞恥に赤くした顔が、アマンダの身分――多分かなり高位のご令嬢、もといご令息――と推測し青褪める。


「醜態? ……ああ、そんなの気にしなくて大丈夫よ。それより気分は? 酒量が解らないのに調子に乗って飲ませ過ぎたわ」

「……あ、それは全然。大丈夫みたいです……?」

  

 自分の脇の下くらいに鎮座する顔をまじまじと見ると、アマンダはぷっと噴出した。


「アナタ、結構イケる口みたいね。これから馬車に乗るから、揺られてもしも気分が悪くなるようなら遠慮なく言ってね?」

「はい」


 こくりと頷いては、『馬車』と言って小首をかしげると、カバンを再び持ち直した。


 表通りに出ると辻馬車をつかまえてふたりして乗りこむ。太っている訳ではないが、かなりガタイの良いアマンダは、窮屈そうに身体を縮めて座っている。


「……大丈夫ですか? 足、楽に伸ばして下さって差し支えございません」

「そう? ありがとう。じゃあアナタもこっちに座ったらいいわ」

 

 自分の隣をポンポンと叩くと手招きした。


「え……」

「足がぶつかっちゃうといけないし。それにユイットの町から歩き通しだったんでしょ。疲れてるだろうから、アナタも足を伸ばして。今の内に身体を休めておいた方がいいわよ」

 

 そう言って細い腕を軽く引くと、もう一度クッションを叩いた。

 隣に座るなんてどうしたものかと思いながらも、気兼ねなく足を崩してほしいため、隣に甘んじることとなった。


 暫く窓の外の流れる景色を銀色の瞳に映していたが、心労と身体の疲労、満腹感と馬車の揺れとに眠気に誘われて、いつしかセレスティーヌは寝落ちていた。


「あら、余程疲れていたのねぇ」


 ガクンと揺れて痛そうな首を自分の腕に寄りかからせると、アマンダはクスクスと笑いながらセレスティーヌのあどけない寝顔を見て再び微笑んだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

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