19 女官か文官か、はたまた?
「王太子殿下にご同行ということは、その方は侍女か女官なのでしょうか?」
自分の娘をぜひとも王太子妃にと画策している貴婦人が、疑問の形を取りながらも確定するように聞く。高位貴族の令嬢ならまだしも、よもや子爵令嬢が王太子の相手になる訳はないという考えからなのだろう。
「いいえ。心許せる友人として、そして旅の話し相手兼仕事のパートナーとして同行いただいておりますのよ」
一応のふたりの旅の言い分を、王妃が含みたっぷりで言ってみる。
幾人かが側近であるアンソニーの顔を見たが、涼しい顔で見返されたために視線を泳がせた。冷遇されているのかとでも言おうとしたのだろうが、王太子の長期不在とあらば、右腕であるアンソニーが王都に残らねばならないだろう。
そして、多くの貴族たちが驚きを持って改めて王妃を見る。
女性を必要以上に近づけないアマデウスことアマンダの『心を許す友人』であり、『旅の話し相手』であり、『仕事のパートナー』
……どんどんセレスティーヌの肩書が大きくなっていくことに危機感を覚えるタリス子爵は、もはや失神寸前である。
(いっそ、気絶出来たのならどんなに良いことか……!)
なるべく空気と化すように、息を殺して壁に同化する。
「まあ。残念ですこと……高位のご令嬢であったのでしたら、ねぇ」
「低位貴族と高位貴族、ましてや王族とでは色々と大変でございましょう?」
周りの友人に同意を求めるように目配せする人々。
「やはり、立ち居振る舞い方が全く違いますものね……」
牽制に忙しいようだと呆れるが、それだけ危機感を持っているのであろう。
(何に対しての危機感なのか)
はっきりとは言わないものの、これみよがしな反応にアンソニーがため息を呑み込む。
別に、彼等の家の令嬢を迎え入れるなんて、誰もひと言も言っていないだろうに。
そんな中王妃たち三人が、クスクスとおかしそうに笑った。
「実際のところ、マナーなど、どうとでもなりますのよ」
王妃の言葉に多くの人間が驚く。
「しかし……! 他国の方々と接するに、粗相があれば侮られましょう?」
「どのような魑魅魍魎と相対するのかと考えているのか解りませんが、お伽噺の読み過ぎですわ。相手は本物の高位の人間ですのよ?」
不思議そうな顔をする人々を見回す王妃の言葉に続き、侯爵夫人が穏やかに告げる。
「本当に育ちがいい方々というのは、相手のことを思いやり、慮ることが出来るものですわ。ましてや国と国の関係を強固にするための交流に、相手を軽んじる態度を取る方なんていらっしゃいませんわ」
大概に置いて、王族が絡む交流の場は友好を深めるためのものである。
国と国の利権に関するものや、一触即発と言う場であれば、王子王女ではなく大臣を伴っているものであり、密室で行われているもので。
マナーとは、相手への気遣いや思いやりを形にしたものだ。
芝居や物語のように上げ足を取って扇を突き付けていたのなら、纏まるものも纏まらないばかり。そんな風に四方八方に喧嘩を売っていては、自分で自分の首を絞めるようなものだろう。多少粗相したところで見て見ぬふり。もしくは雰囲気を壊さないよう上手にフォローするのが本来である。
……内心でどう思うかまでは解らないにしても、あからさまにおかしな態度を取る人間など皆無だといって良い。そんな人間に外交は任せられない上、仮面を被れない人間に外交は任せない。
「それに、セレスティーヌ様はしっかりとしたマナーを身につけていらっしゃるとか。ご両親の教えの賜物ですわねぇ」
グレンヴィル伯爵夫人がおっとりと付け加えると、実際に会ったことのあるアンソニーとカルロが頷いた。
「万一足りないところがあったとしても、すぐさまご自分のものにされると思いますが」
カルロがはっきりと口にする。
「素晴らしいご両親ですので、家柄など問題にならないでしょう……何なら養女に迎え入れたい、と考えている家もあるのではないですか?」
これまた含んだように言うアンソニー。家柄ロンダリングは高位貴族のお家芸でもある。
分家の見目のよい娘を連れて来て、高位貴族に嫁がせるために養女にするなど日常茶飯事だろう。
そして、ウキウキした顔を隠しもせずに頷く母親たち。
「マナーを軽んじるつもりはありませんが、それよりも先のサウザンリーフのように、物事の些細な違和感を見抜くセンスは身につけようと思っても身につくものでもありませんわ。その上セレスティーヌ様は、窃盗に遭遇した他領の人へのサポートについても心を砕かれていたそうですわ。賢く強いだけでなく、お優しい心根のお嬢様でもあるのね。更に今回のマロニエアーブルのような、その土地の問題点や改善点を素早く解決する能力。起業を素早く実行する行動力と軌道に乗せる経営・運営力。村人たちを纏める指導力」
王妃は捲し立てるように一気に口にした。
「それこそが、領民を、ひいては国民を幸せに導く貴族の在り方ではございませんこと? 私、王族に求められる力は常々国の運営力だと思っておりますの。
自分の娘にマナーだけでなく、しっかりとした教育を施されたタリス子爵と夫人、何よりも努力されたセレスティーヌ様は今後の女性の在り方として、素晴らしい逸材と思ってますのよ」
うんうんと、グレンヴィル伯爵夫人とフォレット侯爵夫人が頷いた。
(セレスティーヌーーーーーーッッ!!)
子爵は心の中で、マロニエアーブルにいるという娘の名前を叫ぶ。
明言はしないものの、高貴な関係者一同が、王太子のお相手にと言わんばかりである。
どういう経緯で王太子に同行することになったのか……説明はアンソニーから受けたが、いまだに信じられない。何がどうなったらこうなるのか。
自分がタリス子爵であると言われないだけマシなのであろうが、子爵はライフ切れ寸前だ。
「そのような素晴らしいご令嬢がいらっしゃるとは、誠に喜ばしいことですな」
「そうですわね」
風向きを読むのが上手い人間が、にこやかに口火を切った。
伯爵夫人と侯爵夫人、そして何よりも王妃を敵にするのは得策ではない。
「アマデウス様とタリス嬢が手掛けた新しい産業を、是非ともバックアップさせていただきたい」
「素晴らしい商品ですから、きっと大きく成長することでしょうね」
金の匂いに敏感な人間が、目新しい商品に一枚嚙もうと手ぐすねを引く。
「今後も各地に根差した産業が多数誕生することでしょう。そちらも是非お気にかけてくださいませ」
今後同じような生き返りをはかる起業のことも触れておかねばと王妃が微笑む。
慈善家と投資家が静かに頷いた。
そうして何だかんだで、パーティーは大成功で終わりを告げた。
夜の部はフォレット侯爵とグレンヴィル伯爵が加わり、同じようなやり取りが繰り返されることになる。アンソニーはタリス子爵に会に残り、様子を纏め報告するようにと指示した。
子爵は絶望を絵にかいたような顔をしていた。
そして翌日以降。王太子と王妃、グレンヴィル伯爵家とフォレット侯爵家と懇意(?)な謎の令嬢・セレスティーヌへと、タリス子爵家には沢山の釣書が届けられることになるのだ。
隙あらば、唾をつけようという魂胆である。
(セレスティーヌーーーーーーッッ!!!!)
子爵の心の声は、遠くマロニエアーブルまでは届きそうもなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
火曜・金曜日更新となります。
ご感想、評価、ブックマーク、いいねをいただき、大変励みになっております。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。