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18 フォレット侯爵邸・中編

「こちらはマロニエアーブル領のとある村が一丸となり、再起をかけた事業を始めました。そしてその製品が非常に良質のものでありますので、皆様に是非ともご紹介いたしたく存じます。……どうぞ、ごゆるりとお楽しみくださいませ」


 侯爵夫人の挨拶に、盛大な拍手が送られた。

 アンソニーもため息を呑み込んで拍手をする。


(さて、不本意ながら無理やりに頂戴させられたこの皮を存分に利用する時が来たな)


 冷たくすら見える整い過ぎた顔は、両親譲りの柔らかな色合いで補修されている。本日は茶金色の絹のような髪は背に流していた。どういう訳か後ろで括っているよりも降ろした方が貴婦人受けがいいのである。

 良家の令息らしい豪華な貴族服に身を包み、これまた貴族らしい柔和な微笑みを張り付けたアンソニーは、文句の付けようのない貴公子だ。

 そんなガワを最大限活かす社交の時間である。


 村からジェイが運んできた炭を使い、様々なご馳走が作られていく。爽やかな季節であるので、ガーデンパーティーとなっていた。

 豪華な大広間にも椅子とテーブルが並べられ、綺麗に飾り付けられた製品たちが鎮座している。


 庭では侯爵家のシェフたちによる料理が供されていた。

 勿論炭を使って焼く料理である。

 肉だけではなく海鮮や彩り鮮やかな野菜たち。それらが美しく皿やトレーに盛り付けられていく。


 その手さばきもさることながら、焼ける匂いも、時折滴った肉汁が炭と当たり小さく爆ぜる音もがご馳走である。

 そしてほのかな炭の香りを纏った程よい焦げ色。


 素材を引き立てるように真っ白な皿に盛られたカラフルで繊細な料理に舌鼓を打ちながら、あちらこちらで会話が盛り上がっていた。


 ふと耳をすませば、細く堅い白炭と糸をつなげて作ったチャイムが風に揺られ、涼やかな音を奏でている。

 窯を転がる炭の音を聞いたセレスティーヌが思いついた音の鳴る飾りである。

 貴族女性が興味を持ちやすいように、フォルトゥナ産のジェイドやサウザンリーフ、ローゼブルクの海岸で調達した貝殻などで素朴を装いつつも優雅に作られていた。


「炭のことなんて考えたこともございませんでしたが……このように楽器にもなるのですわね」

「風の赴くままに奏でる自然の楽器だなんて。日々の喧噪を忘れるよう……とてもエレガントではございませんこと?」

「誠に。風の音でございますな」

 そう言って軽やかな風の音に耳を傾ける者たち。


 利に聡い、家の実権を握るご婦人たちは、商売としての有効性や発展性を模索している。


 また、弱きを助けつつ家の功名をあげようとする慈善家たちは、いかにしてかの村人たちが苦労をし、努力をして新しい産業に取り組んでいるのかを詳細に話し合い称え合っていた。


 その合間を侯爵夫人とアンソニーが踊るように飛び交う。


 そんな会場の端の方で、堅い表情のまま硬くなったセレスティーヌの父・タリス子爵が小さくなっていた。

 例の代官選別に関する法案の第一回試験に無理やり出席させられた子爵は、案の定断トツの一位で通過した。


 ところがというかやはりというか、元々控え目な子爵は代官の座に座ることを良しとしなかったのだ。娘をあんな風に扱った家(嫡男がだが)に義理立てする必要もないだろうに……と思ったものだが、予想以上に優秀だったため、代官に据えるよりも中央で遺憾なく実力を発揮してもらう方が何かといいだろうということになり、アンソニーの部署に配属されることになった。


 代官も、子爵が抜けたら大変どころではないのだが、国王直々の声掛けとあっては引き止める事も出来る筈もなく――ましてや負い目もある。今頃は青息吐息で仕事に取り組んでいることだろう。

 ある意味、代官を替わるよりも辛いことになっているのであった。


 子爵は国王からの直々の声掛けに、ひっくり返りそうどころか気絶しそうであった。

 下位貴族とはいえ、なけなしの貴族の矜持で平静を装ったまま(?)固まって拝受せざるを得なかったのは言うまでもない。


 アマンダとセレスティーヌが国内のあちこちで色々やらかす為、その尻ぬぐいというか対応というか、フォローする部署が作られたのである。


 ……後々には独立した部署にして、彼にその責任者になってもらうのだ。


 ふたりとも悪いことはしていないどころか、国民の為になることをしているのだが、どうしてか規模が拡大し、周囲が疲労困憊して行く方向に進んでいる。


 タリス家にとっても、後々セレスティーヌにとっても悪いことにはならないであろう。多分。


 今回、溜まった案件のサインを急かすべく送り付けた書類が発端となった。

 添付した参考資料の数字を律儀にも読み込んだらしく、過去からの採れ高下落が気になるので視察をするとメモが挟んであったのだが。……何がどう転んだのか、そう日数が経たないうちに集落に入り込んで起業を指導するという知らせが入り、挙句の果てには、他の地でも同じような状況で立ちいかなくなっているところがないか調査をするようにという指示が飛んできた。


 ため息以外の何ものでもない。


 アマデウスは一見筋肉バカのようであるが、執務能力には長けている。

 丁寧に執務をこなし、やるべきことにはきちんと向き合う。結果、他の人間なら気づかないような些細なものに着目し、問題を発見し解決することが得意なのだ。


 結果、国としては安定するのだが、フォローする現場がどんどん忙しくなるのが難点なのだ。

 ましてや今は国中を自由に闊歩する立場であり、同じように問題となりえる芽を発見するに長けた相棒と動き回っているのだ。


 案の定問題だった集落を確認するという話から、救済し、全国を調査しろという人も金も時間も掛かる状況に発展して行っている。


 それならば、その相棒の身内に手伝ってもらったとて罰は当たらないであろう。こちらももう一方の相棒の身内として身を粉にしているのだ。


(まあ、こちらはそれが仕事だからな。仕方ないだろう)


 アンソニーは新たな仲間であるタリス子爵に視線を向けると、ふるふると小さく首を振る姿が目に映った。


 仕方ないのだ。慣れるしかない。


 アンソニーは心の中で同情しながらも、無表情に首を振り返した。

 絶望を顔に貼り付けた子爵が、ガックリと肩を落とすのが見えた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回は火曜・金曜日更新となります。


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