17 年輪商会・後編
「……この子は、集落で飼えそうですか?」
収入が安定するまで、当座のエサ代を置いていけば飼うことも可能であろう。
せっかく慣れたチンチラとまで離れるのは淋しいが、住み慣れた場所がよいだろうと再度村人たちに確認をする。
「セレスティーヌ様がよろしければですが、このまま連れて行ってあげてください」
勿論村で飼うことも可能であるが、すっかりと彼女に懐いているチンチラを見るに、引き離す方が可哀想に思えたからだ。
「……元の飼い主さんは大丈夫でしょうか」
「大丈夫です。もしこちらに帰ってくることがあれば事情を話し、可愛がってくださる方が引き取ってくださったと説明いたします」
もしも連れて行くことが困難であれば、勿論責任を持って村で飼うと付け加えた。
「連れて行きましょうよ! こんなカワイイ子を置いていくなんて嫌よ!」
村人たちはやたらと大きな女性――女性の姿をした『アマデウス』を見てドン引いている。
するべきことも終わった為、元の(?)姿に戻ったのだ。
頭の固い人間に、常識からはぶっ飛んだ様相の人間が働きかけたとしても、頭から否定をする訳で。すっかり信頼関係が出来上がり、更には完了と別れの段階にきて、アマンダが多少普通の範疇から外れた格好をしたとしても、何がどう変わるというものでもないだろうというのがアマンダの弁である。
万が一にも知人に遭遇した場合、男の恰好よりは女装の方が感づかれ難いだろう……というのもない訳ではない。
ふたりは手荷物を纏め、この村に始めて来た時と同じ格好で村人の前に立っている。
村人たちは全員、ふたりを見送るために整列していた。
厳ついドレス姿でイヤイヤをするアマデウスを瞳に映した村人は、驚いたのだろう、口を大きく開けたまま中央のお役人――と思っているふたりをみつめて固まった。
更に、初めに村に来た大女だと思い至った何人かは一瞬顔色を悪くしたが、色々と可笑しかったのか大きな声で笑いだした。
空気が一気に弛緩する。
「この子の名前はわかりますか?」
「さあ……ですがその子は存外頭が良いようですから、変わっても問題ないのではないでしょうか。どうぞセレスティーヌ様が新しい名前を付けてあげてください」
「解りました」
セレスティーヌは力強く頷く。
『ちゅ?』
微笑みながら撫でるセレスティーヌと首を傾げるチンチラを見て、アマンダと村人たちは頬を緩めた。
そして改めてアマンダとセレスティーヌに向き直る。
「この度は私共のために長期にわたり、多大なご尽力をいただきまして本当にありがとうございました」
深く頭を下げる村長に続き、村人たちも頭を下げた。
「今後も精一杯努める所存です」
はじめてあった時のどこか諦めたような表情は鳴りを潜め、決意と希望に満ちた瞳がふたりをみつめていた。
そして、何人かの村人が一歩前に出る。
反発をしていた老人たちだ。再び深く頭を下げた。
「失礼な態度をとり、申し訳ありませんでした」
ある時期から何か言いたそうな様子を見せていたが、困ったように口を閉じるばかりであった。出会い頭の反発からみても、無理に口を開かせるのは得策ではないであろうと思い、敢えて何も言わずに見守って来たが。
自分たちの問題に真摯に取り組み、解決策を模索し、一緒に取り組む姿を見て信頼せざるを得なかった。
無礼を詫びようと思っていたが、忙しさも手伝ってなかなか言い出せず、やっと謝罪することが出来た。
アマンダとセレスティーヌが顔を見合わせて微笑んだ。
「お気になさらず。村を大切に思うからこそ、というお気持ちも理解できますので。今後も村を守って頑張ってください」
「承知いたしました」
一番反発していた老人の、低い皺枯れた声が力強く約束した。
アマンダは頷く。
旅立ちの間際、アマンダが村長に訊ねる。
「そういえば、商会の名前は決まりましたか?」
なかなかしっくりこないと決まらずにいたので、名前のみ後日修正申請をするという形をとりギルドに申請書を提出したのだ。
「『年輪商会』にいたしました」
木を使うことと、年かさの人間が大半の商会なので、両方の意味を掛け合わせた名前にしたそうだ。
「素敵な名前ですね」
『きゅきゅ!』
セレスティーヌが弾んだ声で言えば、チンチラが同意するように鳴く。
「本当に。年輪商会の行く末が、幸多からんことを願っております」
アマンダは男装の時と同じように落ち着いた声で言うと、村長と固く握手をした。
今までどん底に沈んでいた彼らが、高く羽ばたくために、これから大きく跳び上がるのだ。失意も失敗も、経験も努力も、全て強靭な筋肉に替えて。
今、地面を蹴ろうとしている。
何度も振り返り、村人たちが見えなくなるまで手を振った。
遠くなった集落を振り返り、しみじみとセレスティーヌが言う。
「上手く行くといいですね」
「そうね……でも大丈夫よ」
アマンダは自信ありげに微笑む。
「取り敢えず発注するのに困らないよう、商会名を伝えておかないとだわね」
指笛を吹くと、空から大きな鳥が舞い降りて来た。ミミズクだ。
『きゅ!?』
チンチラが短く鳴くと、怖がってセレスティーヌにしがみついた。ミミズクは近くの枝に優雅に止まると、どこ吹く風で、面倒臭そうにアマンダを見た。
丸い顔にくりくりとした瞳と、風に揺れる羽角が一見して可愛らしく見えるが、大きな脚と鋭い爪を見れば、なるほど肉食の猛禽類なのだと納得する。
「悪いけど、これをアンソニーに届けて頂戴」
小さな紙に手早く書きつけると、丸めて通信管に入れる。
入れ終わるのを見届けるや否や、ミミズクは大きな羽根を広げて飛び立って行った。
「……ミミズクって、昼間でも行動するんですね……」
フクロウやミミズクは夜行性だと思っていたセレスティーヌは、銀色の瞳を瞬かせた。
「まあ、夜の方が活発よね。でも、全く昼間に活動しないわけでもないのよ?」
『きゅー……』
セレスティーヌの腕の中で恐々と様子を見ていたチンチラが、何か言いたそうな様子でアマンダの顔を見た。




