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17 年輪商会・前編

「……良い出来だと思います」


 炭焼き小屋の前で、固唾を飲んでいた村人たちがわっと歓声をあげた。

 事業を立ち上げると決め、早数週間。

 炭焼きの指導者でありリーダーでもある彼の、静かな言葉と自信を持った表情に、良い仕事が出来たのだと確信する。


「皆さんお疲れ様です……と言いたいところですが、これから無理のない範囲でどんどん量産していただきたいと思います」


 アマンダが声を張り上げると、村人たちは期待とやる気に満ちた瞳で頷いた。

 冬になっても作業出来なくはないが、王都に比べて雪深い地域だ。無理なく出来る範囲で作業を進めておく方がいいであろう。



 ジェイはどこからか荷馬車を調達して来ると、乗せられるだけの商品を載せる。既に焼き上がった数種類の炭と、セレスティーヌたちが作った木屑利用商品の数々だ。


「じゃあ、ひとっ走りして先方に届けて参ります?」

「しっかり売り込むように言ってきて」

「……まあ、そう言っていたとはお伝えしますが……?」


 何やら苦笑いすると、セレスティーヌへと向き直った。


「それではお嬢様? くれぐれもアマデウス様をお願いいたします?」


 村人の目もあってかアマンダではなくアマデウスと呼ぶと、悪戯っぽく笑って頭を下げた。

そしてセレスティーヌの腕の中で丸まるチンチラの頭をひと撫でした。

 セレスティーヌは言葉を聞いて銀色の瞳を瞬かせたが、同じように頭を下げる。 


 それぞれが、それぞれの想いを託しているのだろうか。村人たちは荷馬車が見えなくなるまで見送り、それぞれの作業へ戻ることにしたようだ。


「セレ、みんなへ教える内容はまだまだありそう?」

「……細かいことを言えばキリがありませんが、取り敢えず必要なことは伝え終わっているかと思います」


 並行して作成している手引書も既に完成している。

 作業も全て一巡以上しており、問題ないことを確認していた。


「ストック分の木材も当分大丈夫そうだし、そろそろ仕上げに入ろうか」

「解りました」


 セレスティーヌはちょっとの淋しさを感じながらも頷いた。

 最初は反発されたものの、何だかんだで受け入れられ始めた矢先だ。


(とはいえ、本当に中央の役人という訳でもないし。ましてやここの住人でもないわ)


 ふたりは旅の途中である。

 アマンダはこれからも他の土地を巡って、同じように困っている人々を手助けしなくてはならないのだ。


(本人は旅行だって言ってるけど……)


「まあ、かなり長居したからちょっと淋しいけどね」

「……はい」


「彼らが今後困らないように、出来得る限りの知恵を絞って行きましょう」


 セレスティーヌの心情を察してか、ちょっと困ったような表情で微笑んだ。


******


「それは、淋しくなりますね……」


 事業を起こす為の準備が粗方済んだため、近く村を発つと村長に伝えた。


「本当ならずっと居ていただきたいですが……だいぶ長くご指導いただきました。中央でのお仕事もおありでしょうから、これ以上こちらの我儘で引き留める訳にもいかないでしょう」


 アマンダは曖昧に頷く。


「事務上の手続きで不明点・疑問点などはありますか?」

「いえ、今のところはございません。手順書もいただきましたので、基本的なことは大丈夫かと思います」

「手続きに関してよりも、商売上での方が突発的なことが多いかもしれないですね」


 人対人だ。基本的な決まりや流れがあるとはいえ、トラブルに発展するのはそちらの可能性が高い。

 対応の仕方も都度違う状況になることもあるだろう。


「マロニエアーブル公爵にも話は通してありますので、困ったことがあれば領地の関連各所が対応してくれるそうです。どうしても無理な場合や公爵が動かない場合は、中央のアンソニー・フォレットにご連絡ください。フォレットは私の同僚で、この取り組みのトップですので必ず動きます」


 アマンダはしれっとアンソニーの名前と中央の住所や部署を書いた木札を渡す。

 紙よりも木札の方が失くし難いだろうという配慮だ。

 セレスティーヌは彼の仕事がまた増えたことに、内心で慄く。


「中央……」

「不安でしたら併記で私や彼女の名前を書いていただければ」


 忙しさから埋もれるのではないかと懸念した村長に、安心させるように頷いた。


「それと、農作物のやり取りでご商売の経験はおありでしょうが、不安でしたらギルドを仲介してご商売されたらよいかと思います」


 商会や工房を起こす時に必ず登録するギルドだが、直接ではなく介して商品を売ることも可能だ。手数料はかかるが、無理難題の防波堤になってくれる。


 よもや買い叩いたり無理な納期を押し付けて来るとは思えないが、初期の相手だけでなく商品が大きく広がって行ったらどう変化するか未知数だ。慣れない相手と慣れない商売をするよりは、間に調整役がいる方がいいだろう。


「勿論、村の事業ですのでそれらを選択するのは皆さんですが」


 過干渉は良くないが、アドバイスくらいはした方が良いかとも思う。


「どういった形が良いと思われますか?」

「事業を始めて暫くは、どうしてもバタバタするかと思います。想定外のことも発生するでしょう」


 起業あるあるだ。

 幾らきっちりと学んだところで、それはあくまで机上のこと。現実は想定外のことがまま起こるものである。


「ギルドを挟むと、断る場合にも直接よりは断り易いかもしれません。ある程度の内容を知る第三者がいるというのも、いざという時に安心ではないかと。それに集落にはお年寄りが多いので、定期的にギルドとやり取りがある方が、木こりの依頼や商品運搬の依頼などをしやすいかと思います」


 村長は吟味するかのように視線を左右に動かしている。


「今後、様々に仕組が整備されて行けば、その都度対応や選択も変わって行くかと思います」


 事業が軌道に乗れば、集落に帰ってくる者も移住者だって出来るかもしれない。

 若い労力が村に戻れば、わざわざギルドに頼まなくてもよいことも出て来るだろう。


「今後領地の政策や中央の方針で、騎士団や役人などが定期的に巡回するといった方法をとる可能性もあります。何分、今はまだ始まったばかりですので、皆さんの意見が今後自分たちだけでなく、他の地域の同じような方々の助けや改善につながる可能性があります」


 なので、忌憚ない意見をあげてもらいたいと付け加える。


「勿論、意見をいただいても様々に考慮して出来ないことや難しいこともあるでしょう。全てがご希望通りとはいかないとも思います。時間がかかるものもあるかもしれません。ですが誠意をもって対応することをお約束いたします」


 いつの間にか多くの村人が周りに集まっていた。

 村人が皆同じ立場であり、透明性を持って事業を立ち上げるにあたって、風通しの良い環境で話し合いや作業をすることにしていた。

 なので話し合いも基本的には出入り自由だ。


 集落の人間も馬鹿ではない。


 アマンダたちが長く村に留まって指導していることも、作業がひと段落ついたことで区切りとなるだろうことも解っている。


「解りました。最終的にはみんなで話し合って今後の方針を決めますが、当分は余裕をもって負担の少ない方法を選びたいと思います」


 和らいだ村長の表情に、セレスティーヌが小さく息を吐いた。腕の中で様子を窺っていたチンチラが小さくきゅ、と鳴き声をあげる。

 アマンダも安心したように微笑んだ。


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