15 始動
「皆さんのお話を伺って、幾つか案を出してみました。あくまで『こういうのもある』というもので、そこから選択するという意味ではありません」
アマンダとセレスティーヌがそれぞれ、自分が意見として出したものを説明することにした。
まだ決まってもいないというのに、気が早いジェイは布とリボン、そして糸と針を調達に行くと出掛けてしまった。
もしも他のものに決まったらどうするのかと不安になるが、大丈夫とくり返しながらにこやかに走って行ったのは先ほどのこと。
「皆さんが他によいと思うものがあれば、それが実行可能になるよう計画を立てたいと思います」
いよいよ目の前のお役人が本気だと知ると、村人たちは表情に真剣味が増していった。暮らし向きを改善したいと思っているのは彼等こそで、自分達にとって何が一番いいのかを本気で吟味している。
セレスティーヌがアマンダに視線を合わせると、小さく頷いた。
彼らの話を聞くと、大きく変化することに抵抗と懸念を感じるていることが窺える。
「他の地の人間や工房が入るのは……」
「確かに上手く行かなかったりした場合を考えると、揉めそうだ」
「新しいことを覚えるというのも、この年になって大丈夫なんだろうか……」
不安そうな表情で顔を見合わせていた。
生活が懸かっているといえばそうも言ってられないのだが、偽らざる本心というものなのであろう。老人だって非常にアグレッシブな人間もいる反面、大多数は安定や今まで通りを好む傾向がある。
きちんと纏まるのかハラハラした様子で会議を見守るセレスティーヌをよそに、ここまでの流れはアマンダの思った通りだ。
「……そう考えると、やはり炭焼きだろうか」
「炭なら他にも焼いたことがあるモンもいれば、手伝ったことがある奴もいるだろう」
「確かに。馴染みがある者が多い」
「重労働に変わりはないが、多少時間を置いても腐ったりせん。無理のないようにすれば何とかなるだろう」
村長がみんなの意見をまとめるようにふたりに向き合った。
「話し合った結果、村で新たに炭焼きの仕事を行ないたいと思います」
にこやかなアマンダとは裏腹に、表情を硬くしたセレスティーヌが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
チンチラが、アマンダと村長、そしてセレスティーヌを交互に見遣る。
いつもなら優しくチンチラの背を撫でるセレスティーヌだが、今はそれどころではないらしい。
(……エライ事になった……)
「よろしくお願いいたします」
村長の後に習い頭を下げる村人一人一人を見遣り、セレスティーヌも勢いよく頭を下げる。
「承知しました。皆さんで改善点などを出して、より良いものにして行きましょう」
アマンダはといえばそんな様子を見て面白そうな、そしてどこか優し気な表情で微笑んだのだった。
******
一度ここで解散となり、詳細はまた後日ということにした。
近くで野営をしているというと、村長が慌てて自宅へ泊るようにと申し出てくれた。しかし今後、再び話し合いが持ち込まれるだろう。話し合いの場にいなかろうと、同じ屋根の下に居れば使わなくてよい気まで使うことだろう。腹を割って話せるようにと丁重にお断りをして、昨晩と同じ野営場所に戻る。
「ゴメンね、セレ。本格的に事業の着手をしたら空き家を借りるつもりだから」
アマンダが申し訳なさそうに眉毛を下げた。
今度はセレスティーヌが薄い胸を叩く。
「大丈夫です! こちらもいろいろと詰めたいですし……」
というか、と口にして言い淀む。
新規事業の手始めが決まり、予想外にもセレスティーヌの思い付きを進めることに決まったのだが……
「寝る場所よりも、事業の方が大丈夫でしょうか」
「目の付け所は悪くないわ。大丈夫にするように進めるのがアタシらの仕事よね」
「はあ……」
思わずシオシオとしながら、納得できずに項垂れる。
アタシらというのは、アマンダとアンソニーを始め文官たち。更にはアマンダの父親のことであろう。セレスティーヌは臨時の侍女である筈だ。
(アマンダ様とお父様、騎士団のお偉いさんって言っていなかったかしら?)
騎士団は騎士活動といってよいのか、とにかく剣をもって行なう活動をする人たちではなかっただろうか。貴人の警備計画や騎士団の運営うんぬんを計画したり遣り繰ったりはあるだろうが……事業の経営にまで着手するとは到底思えない。
(……まあ、優秀だったら出来なくもないのだろうけど……)
どちらかと言えば悪友であり王太子の側近である、文官アンソニーの役回りのような気がする。
(妙に手慣れているのよね)
騎士団の経営もいろいろ厳しかったり難しかったりするのであろうが、以前にジェイから渡された大量の書類たちといい、数字の羅列といい、アマンダの『仕事』は騎士という仕事からかけ離れているように思えるのだった。
(…………)
アマンダが所属していると思われる騎士団は、王太子付きの騎士団。
そこに護衛がいる程の身分の騎士(仮定)、アマンダ。
父親は中央――この場合、国の中枢部という意味だろう――の『お偉いさん』で。
王太子の側近アンソニーと悪友であり親友であり、幼馴染である。
(確か、王太子様と側近の方々も、小さい頃から親交を深めていたんじゃなかったっけ?)
アンソニーのファンであるご令嬢方が、そう話していたような気がする。
極め付きは銀の髪と黒い瞳だ。そしてアマデウスという名は、王太子――アマデウス王子と同じ名前。
(そんなこと、ある?)
まさかと思っているために敢えて考える事を避けているが、妙に符合が一致するのはどうしてか。
「ね、ねっ! その子。チンチラちゃん、だっこさせて頂戴っ!」
大きな身体をくねらせてアマンダがねだる。
はい、と言って手渡すと、そっと抱きしめては頬ずりした。
「いや~~ん、カワイイ!」
「…………」
王太子はよく出来た、立派なお方だと聞く。
(動物が好きなことは悪くない……むしろ良いことだけど)
アマンダは平民への心遣いも素晴らしく、仕事も出来き、剣……格闘全般に抜きん出ているが。
ピンクのドレスを着たり、女性のような言葉遣いで話したり。
(別に、オネエでも人格者は沢山いるけど……身なりと心根のあれこれは比例も反比例もしないけど)
アマンダに関しては、ナンカチガウ感が否めないのはどうしてか。
王太子が護衛もつけずに国中を旅していたり(ジェイがふらりと現れるが)、露店のはしごをしたり、山賊を放り投げたり……
何よりも、アンソニーの態度だ。幾ら友人といえ主でもある王太子への対応とは思えない。
「名前、なんてつける?」
考えに沈むセレスティーヌに問いかける。
顔を見れば、頬がチンチラに蹴られて変形しているではないか。
余りにもギュウギュウに頬ずりするため、業を煮やしたチンチラが四本の脚で思いっきり抵抗しているのだ。
思わず気が抜けて、銀の瞳を瞬かせた後に笑みをもらす。
(……まあ、いいか)
金の巻き髪のズラを風になびかせても。肉をリスのように頬張っても。
幼馴染(同性)を好きになって、屋敷を飛び出して来ても。
行きずりで助けたご令嬢を侍女にして、国中を旅しても。
「ずっと呼ばれていた名前の方が、その子も混乱しないと思いますが……」
「え~? どうせなら可愛い名前つけましょうよ!」
拗ねたように口を尖らせて、おまけにチンチラに抱き着いて嫌がられている年上のアマンダを見て、どっちでもいいかと思い、小さく笑った。
お読みいただきましてありがとうございます。
他作品書籍化作業のため、2週間ほどお休みをいただきたいと思います。
次回は7/28更新となります。
大変申し訳ございませんが宜しくお願いいたします。