13 考える
逆に村人たちは、三人が本気で問題解決に向けて話し合いをしようと言っているのだと思い至る。
……中央や貴族の気まぐれではなく、本気でだ。
たまたま村を通りかかった貴婦人が、自分の親よりも年老いた老人が働く姿を見て可哀想に思ったのか、炊き出しをしに来たり食べ物を持って来たりということは今までもなかったわけではない。
それらの好意も税に取られ、残り少ない食物を分け合うように食べる日々に、助からなかったと言えば噓になるが。
だが、物事には必ず終わりがある。決まって彼女たちの奉仕精神が満たされると、いつしか忘れ去られたように手は差し伸べられなくなるのだ。
それは始まって、そう遠くないうちに。
――まるで振り回されているよう。
――自分たちが、彼女たちの足りない何かを満たすための道具にされているような気分。
同じ人間でありながら、気まぐれで施されることに憤りがなかったと言えばそれも嘘になる。きっと捻くれた言いがかりであろう。どこへぶつければよいのか解らない焦りや怒り、そして自嘲の念が見せる妬みと嫉妬だ。
彼女たちが直接的に行ってくれたことは、例え同情心や虚栄心を満たすための好意だとしても、善意であるのに。
自分たちのことなのだから、もっと早いうちに手を打ちきれなかった自分たちの落ち度だ。他の誰のせいでもない。勿論何もせずに手をこまねいていた訳ではないが、何が足りなかったのか、今でもよく解らなかった。
(飢えや貧困は、心や考えをも貧しくさせるんだな……)
同時に、気力や頑張りといったものも疲弊させ、削り取って行く。
村長は中央のお役人だという三人を見遣る。……立場上、お役人と言われる人間を数多く見て来たが、何ともおかしな三人組だ。
約一名を除き、貴族であることは間違いがないであろう。平民のフリをしている男性……アマデウスと名乗った彼が一番位が高い筈である。
(信じても良いのだろうか)
今一度。貴族を。自分達を。
また裏切られたらという恐れと失敗したらという考えが、村長と村人たちを足踏みをさせる。
(信じない訳にも行かないだろう……村と村人を、どうにかせねばならんのだ)
後がない。
ふと、真っすぐに見据えられたセレスティーヌの目を見て、村長は腹を据えた。
「解りました。農作業の合間にしたことがあるものや、冬の出稼ぎ先で行なった仕事などを洗い出してみましょう」
三人が邪魔にならぬよう、部屋の端に移動するのを見て村長が声をかける。
「よろしければご一緒に参加してください」
思わぬ声掛けに三人は顔を見合わせるが、今までとは違う顔つきの村長に再び視線を合わせ頷く。
「承知しました」
******
「昔、畑仕事の合間に何十年も炭焼きをしていた」
「ワシは出稼ぎ先で帳簿つけの手伝いをしたことがあるな」
「干し野菜の工房でひたすら野菜を詰めていたぞ」
「昔は木こりだったが、もう年じゃて」
「工芸品の店で店番をしたり、宿屋の調理場に入っていたり……」
「工芸と言えば、子どもの頃木工細工を作ってたなぁ」
昔を懐かしみながら、過去に経験のある作業を上げ始めた。
思ったよりも仕事の幅が広く、様々な職種があがる。
「新しい仕事というが、年寄りに何が出来るか……」
とはいえ自信なさげに口を開く村人たちに相槌を打ちながら、確かに不安だろうと思いつつ、セレスティーヌは集落周辺の様子を思い出していた。
元手が充分でない状況で新しいことを始めなくてはならない場合、当たり前であるがなるべく『あるもの』を活かして立ち上げなくてはならない。
(山、自然、畑だった土地、いなくなった人の家……)
そしてロスになるもの……廃棄物が少ないものがよいだろう。捨てるにも手間がかかる上、気力が損なわれるからだ。
食品などのように衛生面に気を配わねばならぬようなものは、慣れないうちは特に避けた方がよい。保存がきいて、ある程度持ち越しても他に転用が利くもの。
「炭焼きというのは、今でも作ろうと思えば出来ますか?」
「木をある程度の大きさにバラしてあれば可能だと……後は、切るのではなく木切れを拾って使うかだろうか」
本業が炭焼き職人で、合間に農作業をしているという人も昔は多かったと教えてくれた。
木の種類も何種類も自生していることから、木材を使うものというのは理にかなっているように思えた。
「アマ……デウス様ならどうされますか?」
呼びかけてから、男性の姿だったと思い言い直す。
本名だからだろうか、言いなれない筈の名前だが、不思議としっくりする気がした。
「アタシ? う~ん。幾つかやりようはあるわね」
アマンダは腕を組みながら僅かに首を横へ倒す。
「まず、近隣の大きな工房や商会の下請けね。集落に工房を作って本格的に行なう。
もう一つは種苗関連。他の農家が使う為に、種や苗を作る仕事。これは今までの仕事が活かせる仕事だと思うわ」
他にも幾つか実現可能そうな対応策を説明する。
今よりは体力の負担が少なく、かつ今までの経験が活かせたり、覚えるとしてもそこまで混み入っていないものばかりであった。
「……なるほど……」
「でも一番儲かるのは、独自性があるものだと思うわ」
「独自性?」
アマンダは頷く。
「今言ったのは、何処ででも誰でもできるものね。『産業』っていうにはちょっと弱い。若者が戻って来たり誘致するというよりは、『村の人々が日々暮らすためのお仕事』って感じかしら」
それでも軌道に乗れば、故郷に戻ってもいいという若者もいるかもしれない。
確実に暮らしが安定するのならばと思うのではないだろうと思う。
「セレは? 何か考えたんでしょう?」
アマンダはまるでお見通しと言わんばかりにそう言って微笑んだ。