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12 話し合い・中編

 中央からのお役人を迎えるために着替えを済まし、幾つかの書類を抱えた村長が部屋に入って来た。


「……大変お待たせいたしました。この村の村長でございます」

 かなり緊張しているようで、表情は暗い。


「中央から参りました、アマデウスと申します」


 アマンダが本名を名乗る。

 ……流石にこの格好『アマンダ』と名乗るのは無理があると思ってだ。


 本来は家名まで名乗るものだが、名乗ると仰々しいことになるのが目に見えているため、相手が話し易いように、家名のない平民の振りをしておく。


 思った通り貴族でないと知ると、目に見えたように村人の表情が軟化した。


 普段貴族と会う機会のない人々にとって、中央のお役人であり貴族という存在は、二重に恐怖を感じるものなのであろう。


「税の軽減申請と共に、過去数年の収穫量と本年の予測を出されていますが、理由を詳しくお聞かせいただけますか?」

「……申請は、お受けいただけない、ということなのでしょうか?」


 村長が確認するように言葉を区切りながら確認をする。


「そういう訳ではありません。必要があると判断すれば申請はおります。とは言え、毎年目に見えて収穫量が下がっていますので、理由を確認し改善を試みるというのも我々の仕事ですので」

「改善なんて、出来る訳ねえ!」

「おいっ!」


 昨日ふたりを追い払った老人が声を上げる。慌てて近くの人間が腕を揺すった。

 重い空気の中、沈黙する村人たちを見遣り、アマンダが声を荒げた人の方へ顔を向けた。


「数字を見るだけでは推測の域を出ませんので、昨日、先行して彼女と同僚がお話しを聞くためにこちらへ伺いました」

 言いながらアマンダはセレスティーヌの座る方へ視線を向ける。


 ここで初めて、同行している女性が、自分たちが昨日追い返した人間だと思い至ったようだった。

 素顔は未だ少女のようであるため、お役人――女性文官に見えるよう、今日は珍しく目と唇にポイントを置く大人っぽい化粧を施していた。

(少しでも大人っぽく、違和感なく見えたら良いのですが)


 本当は目の前のアマンダも一緒に追い返されたもうひとりなのだが、流石に化粧もしていなければ髪型も違うので、同一人物だとは思わないであろう。


「お話しは伺えなかったようですが、村の様子を見て、使われていない農地が多数見受けられること、ご年配の方しか見かけないことなどから、若い村人が他所に流失し、今までのように充分な働き手や労力を維持出来ずにいるのではないかと思うに至りました」


 中央の人間の話を聞かずに追い返してしまったことに、顔色を悪くする村人が何人か見受けられる。村長も報告は受けていたのだろう。セレスティーヌの方向へ向き直り、深く頭を下げた。


「せっかくおいでいただいたにもかかわらず、失礼な対応をしてしまいまして申し訳ございませんでした」

 村人も数名、同じように頭を下げる。


 あまりヘコヘコするのも違うのだろうし、どう応えたらよいのか解らず、セレスティーヌは薄く微笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。

「いえ、こちらも突然の訪問でしたので。大丈夫です」


 腹を立てていない様子を確認すると、村長はホッとしたようにもう一度頭を下げ、再びアマンダへ向き直った。


「短時間村を見ただけで正解を導き出されるとは、皆様優秀なお役人様なのですね。

 ……お恥ずかしながら、ほぼ仰る通りです」


 村長は居住まいを正し、集落の置かれている現状を語り出した。

 


 内容はほぼ、三人が予想していた内容で間違いがなかった。

 そして中央の役人が来た今、反応も大まかに三通り。


 どうにかして現状を回復させたいので知恵と援助を仰ぎたい者。生活を保障してほしい者。そして何も期待していない、出来ないと思っている者だ。


 初めから一致団結している集団はないとはいえ、なかなか骨が折れそうなことが感じられる。


「我々には皆さんのサポートをする用意があります。ですが、皆さんそれぞれの方針がある程度定まっていないことには、力をお貸しする術がないのです」

「中央の意向に沿うという形ではないのですか?」

「……勿論、そういう方法もあります」


 権力のある人間が『こうしなさい』と指示して、それに従う方法だ。

 今よりも王や貴族の力が強かった時代、よく取られた方法である。身分制度が残る今でも、まだ可能と言えば可能であろう。


 確かにその方が早く物事が進むかもしれない。コストも少なく済む。


 しかし、今後は一人一人が考え、参加して行く社会が必要になって行くと思っている。すぐには無理であろう。長い時間をかけて、そういう土壌を育てていくのだ。


 ――保守派の貴族の中には、平民に力を持たせ過ぎると危険だという意見もある。

 立場の逆転や、権力の集中が損なわれることを恐れているのだ。


 しかし、沢山の国や世界の中で生きて行く為には、一人一人の能力や力の底上げが必要不可欠だと考えている。それが、国力そのものを上げることになると信じていた。

 そういう国づくりに向かって、アンソニーやアマンダたちは日々励んでいる。


 アマンダは集まっている集落の人、一人一人の顔を見た。


(だけど、例え国が決めたことと同じ結果になったとしても、『自分たちで決めた』のと『押し付けられた』のでは、全く意味が違う)


「今後、この村と同じような状況に陥る村々が増えることでしょう。近隣諸国では既に同じようなことが深刻化し、問題になっている国もあるといいます」


 表情は今までと変わらない筈なのに、彼から放たれる気圧されるような空気に、集落の人たちは息を呑んだ。

 そしてそれは、背中しか見えない筈のセレスティーヌにも感じられた。

 普段のアマンダからは感じられないような圧倒的な覇気のような、気概のようなもの。


(……覇気とも少し違う……何だろう)

 まるで膝を折りたくなるような、頭を垂れなくてはならないような感覚に似ている。


「今後そうなった時に、皆さんの行動が見本となったり指標となったりすることでしょう。皆さんが進みたいと思う方向へ、必要な出来得る限りのサポートをしたいと考えています」

「…………。わかりました。少しお時間をいただけますでしょうか」


 村長が長い間の後に、躊躇しながら口を開いた。

 アマンダは頷く。そしてセレスティーヌの方をもう一度向いた。


「彼女は、セレスティーヌ・タリス子爵令嬢。最近まで地方代官補佐の仕事を手伝っておりました。地方政治の経営や運営にも詳しく、また皆さんの抱える問題にも親身に取り組み考えてくれることでしょう」

「な……っ」


(アマンダ様ーーーー!!)

 セレスティーヌが心の中で絶叫する。顔は引きつっていることだろう。


 アマンダがセレスティーヌの身分を明かすと、村人たちが驚いたように一斉に彼女を見た。

 中央のお役人で(本当は違うけど)更には貴族令嬢だと知り、どうしたものかという様子を見せている。

 多分地方代官補佐うんぬんについては、耳に入っていないか聞いていないと思われる。


「彼女はサウザンリーフで起こった窃盗団捕縛の際にも大活躍いたしました。きっと今回も我々男性とは違った視点で、解決の糸口を見つけてくれることでしょう」


 敢えて強調して言う。ちょっとした意趣返しだ。


 ついでに、不要な固定観念は壊したいとも思っている。

 出身や性別などで、差別されない社会を作りたい。第一、そんなことでせっかくの才能や能力を埋もれさせてしまうのは勿体ないとアマンダたちは考えている。


 確かに性差はあるだろう。体力や力の差、子を成すこと。その他諸々。

 出来ることと出来ないこと、得意なことに不得意なこと。それらを補い合うのが本来の姿だ。偏見や思い込みで能力や才能を活かせないのは損失と同じだ。それぞれの立場や状況で、自分がやりたいと思うことを選択できる社会にしたい。


 勿論、選択しない自由も同時に。



 セレスティーヌが熟していた仕事が、とっくに手伝いの域を超えていたことは既に調べがついている。

 彼女の父親が勤勉で執務能力のある人間であることは間違いないが、その活躍の理由として、セレスティーヌの存在が大きいことは確かだ。


 未来の地方代官夫人として、余り適性があるとは言えない夫の補佐をという意味合いもあっただろうし、純粋に我が子の能力を伸ばしてやりたいという親心もあったことだろう。


 同時に社交が苦手な彼女に、『仕事を頼んでるから』という言い訳が出来るよう、時に、ちょっとした逃げ道としていた節もある。

 全く社交をさせない訳ではなかったし、そこはセレスティーヌも弁えていたが……強く嫌がった時はさりげなく仕事を渡すという、解り難い甘やかしをしていたことも調べがついている。

 立場上、大ぴらに社交をしなくて良いとは言えないため、彼なりの苦肉の策だったのだろう。


 不器用なのか器用なのか解らないセレスティーヌの父親に、アマンダは小さく笑みを浮かべる。

(いい人だなぁ、タリス子爵)


 そんな訳で、今でもどこかセレスティーヌを軽んじていることが見受けられる彼らに見せつけてやりたい。


(セレの実力、とくとご覧あれ!)

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