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12 話し合い・前編

 見慣れたカツラも脱ぎ捨て、チャコールグレーの渋い色合いの上着を身につけたアマンダは、良家の令息ですといわんばかりの風貌であった。


 舞台のコメディエンヌのような格好のアマンダばかりを見ている為に忘れがちであるが、本来(?)のアマンダは涼し気な美男子である。


「ちょっと、おかしくない!?」

「おかしくないっすよ? どっちかと言えば、普段の方がおかしいですからね?」


 ろくすっぽ見もしないでジェイが返す。

 セレスティーヌも高速で頷きそうになったが、寸でのところで考えた。


(……はっ! 一般的には不可解でも、アマンダ様にとってはいつもの姿の方が本来なのだわ……)


 セレスティーヌが思い至り、ショックを受けたように硬直する。

 うっかり頷かなくて良かった。……もしかすると半分くらい頷いていたかもしれないが、セーフであると願いたい。


 何だかんだで立場を超え、友情を育みつつあるアマンダの理解者でありたいと思っているのだ。一途で真っすぐで、あり得ない程に親切なアマンダが理解されないのはとても悲しい。

 他の人に理解されないことであるのなら尚更、多少風変りでも、自分に馴染みがないものだったとしても、法に反していないのだものと貫くんだと心に決めている。


 傷ついた脚が痛くないように抱きかかえられたチンチラが、決意を新たにしたようなセレスティーヌを不思議そうに、首を左右に動かして見上げていた。



 一方、何だかんだで着慣れた上に絞めつけも少ない男装に、楽だなと再発見しているオネエがひとり。

 ついでにヅラを脱いだ頭も風通しが良く、頭皮も気分も爽快である。


 そして再び。


(お役目の為に無理をして男性の格好をされているだけで、心が女性のアマンダ様はお辛いはずだわ……)


 きっと、何とも思っていない自分が男装をするより、比べ物にならない程にツライに違いない。

 あのピンク色のドレスやワンピースは、アマンダの主張なのである。アイデンティティなのである――そうこんがらがって信じているセレスティーヌは、どう返事をするのが一番良いものなのか、頭を(無駄に)高速回転させた。

(さっきも、見た目や性別で差別するなんてナンセンスと仰ってたもの)

 


 そして再びもう一方。

 カルロへの気持ちも整理をつけ始めた今、いつ元の姿に戻るべきか思案するアマンダはアマンダで、内心唸っていた。


 アマンダの心は『男性』である。別に(現実はともかく)女装家という訳でもない。

 ちょっとテンパって、オネエの皮を被ってしまっていた青年である。


(人間、思い詰めて拗れると、思わぬ方向に思考が飛んで行くものなんだなぁ)

 過去の自分のやらかしに、今難問を突き付けられている気分だ。


 気がかりはセレスティーヌなのである。

 女性の格好をして、女性として過ごしているから一緒に旅を続けていられるのだ。


 本当のところはそうではないかもしれないのだが、確かにハードルが下がっていることは確かであるので、そう思っている。

 ……男の自分とは旅を続けられないかもしれないと思うと、女装を解く気にもなれないのだ。


「どんなお洋服を着ていても、アマンダ様はアマンダ様です!」


 多様性を認めればいいと思い至ったセレスティーヌは、いつもの格好も今の格好も、関係なくアマンダであると伝える。握り拳付きで。


「見事に錯綜してますねぇ……?」

 両方の考えていることを知るジェイは、呆れたような苦笑いするような様子でそう言った。


******

 ジェイはどこぞの女官の制服をセレスティーヌに渡すと、着替えて来るようにと付け加えた。チンチラはアマンダの安定感のある大きな手のひらに乗せられ、首や背中を撫でられてまったりしている。


 ついでにジェイも文官の制服に着替えては、いそいそと脱いだものをカバンに詰め込んでいた。


「いったい、何処から失敬して来たの」

「失礼な? 正規のルートを使って、合法で支給して貰ってますよ?」


 女官服はどうなのだと言いたいが、変装し様々な場所に潜り込むのが彼の仕事である。突っ込むと面倒そうなので、多少の融通は利くのだろうと思い込むことにして口を噤む。


「荷物を持ち運ぶのも面倒ですからねぇ? 盗る物好きはいないと思いますが、念のためトラップを仕掛けておきましょうか?」


 そう、ニヤニヤしながらピアノ線を引き延ばしている。


「……程々にしとけよ」

 姿に引っ張られてか、アマンダは本来の口調でぼやいた。



 そして今。

 昨日邪険にされた村人たちは、警戒はしているものの至極あっさりと三人を受け入れた。中央の人間だと言えば、当然のように村長宅へと案内される。


 簡素な椅子に座りながらセレスティーヌは気の抜けたように息を吐いた。


(……仕方ないとはいえ、やはり理不尽です……)

 女性というだけで、話も聞いて貰えないなんて。


 確かに自分たちは不審だったかもしれないし、そもそもいきなり現れた人間に聞かれてもというのもあるかもしれないが。


(ユイットでお父様の手伝いをしていた時も、そういうこともありましたもの。アマンダ様やその周りの方が、性別や出自を気にしないでくださるだけなのよね)


 不機嫌そうなアマンダと、心情を察してか気遣わし気なジェイが小声で声をかける。


「気持ちは解るけど、怒らないであげて」

「年代的に、どうしても刷り込みが根強いんですかね?」


 セレスティーヌが薄く微笑んで頷く。

 責任者である男性や、制服を着た男性の方に権威が集中しやすいのはよくある事である。


「……大丈夫です。問題がある場合、それを解決してくれそうな人に訴えるだろうことは理解できますので」


 それよりも今は問題の解決が先だ。そう思った矢先、

「そのネズミは……」

 村人がセレスティーヌの腕の中のチンチラを見た。


「あなたのおうちの子ですか?」

 期待を持って聞けば、首を振られた。


「いや。だいぶ前にここを出て行った奴が飼っていたネズミだと思います。連れていけないと、置いていったんですよ」


 可哀想に思い交代で餌をあげていたそうだが、いつの間にか逃げ出してしまったのだという。


「誰か飼っていただける方はいるのでしょうか」


 チンチラも知っている人に飼ってもらった方が安心だろうと思い、声をかける。

 集まっていた村人は困ったような表情で、視線を彷徨わせた。


「ワシらは自分の世話もままならんですから……動物なんぞ世話する余裕はないですし……」 


 本音は、家畜ならともかく、ただの愛玩動物など世話をする余裕はないのであろう。

 全員が気まずそうに顔を見合わせたままだった。


「そうですか……」


 現状困っている人々が、他人のペットよりも先ずは自らの生活の安定を求めるのは、当然だろう。

 セレスティーヌはため息を呑み込んで、チンチラの背中を撫でた。

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