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10 山間の村

 観光地が多いとはいえ、賑わう場所から離れればなんとも長閑な景色が広がっている。

 なだらかな丘陵地が続く村々は山間の村と呼ぶにふさわしいであろう。

 そんな場所のあぜ道を歩いて行けば、かつては畑だったのだろうか、開墾された土地に草が生茂っていた。


 端の方では作物が作られている様子を見ると、休閑地という訳でもないのだろう。


「だいぶ規模を小さくしているのね」

「はい」


 会話をしながら周りを見渡せば、同じような状況の土地が多いことが解る。


「何らかの理由で『作っていない』のが正しそうね」


 しないのか出来ないのか。税の軽減制度があるとはいえ、生活は苦しいであろうことが察せられた。


「旅行者か? この辺に観光地はないぞ」


 難しい顔で話し込んでいると、集落に住むらしいご老人に声をかけられた。

 表情は無表情だが、慣れない観光客が誤って紛れ込んでしまったと心配してくれているようである。


 街道から離れたところを見慣れない人間が歩いていると、非常に目立つのだろう。ただでさえお互いの大きさを引き立たせるようなデコボコしたふたりは目立つ。


「こんにちは。この辺りって畑かと思っていたのだけど……」

「元はな。力仕事が出来なくなれば、耕せねえ」


 情報を引き出すべく話し掛けたアマンダに、少しばかり怪訝そうな顔をしながらお爺さんが答えてくれた。


「村長さんのお宅ってどちらかしら?」

「……何でだ?」


 益々訝しみながら眉を寄せた。


「アタシたち、中央から来た者で、各地の農地調査をしているの。お話しを聞きたいので、泊まらせてくれるところがないかお願いしようかと」

「調査? ……男ならともかく、アンタたちみたいなおなごが?」


 完璧に嘘だと思ったのだろう。鼻であしらうように言うと、シッシッと手を払った。

 カチンと来たのか、アマンダが分厚い胸を張って応戦する。


「あら、女性だって関係ないでしょう!」

「勧誘か何かなのか知らんが、ここには何も無ぇ。帰れ帰れ! この村には宿屋など無ぇ。泊まるなら街の宿屋へ行け!」


 力を振り絞るように声を張る老人の様子に、近くにいたのだろう村人――みんなご老人だ――が、納屋の脇から、窓から、小さな畑の作物の陰から顔を出した。


「アマンダ様」


 これ以上住人を刺激しない方が良いと悟ったセレスティーヌが、そっとアマンダの袖を引く。いまだ腹立たしそうにしているアマンダを宥めるように目配せし、老人たちに会釈をしてその場を後にした。


 足早に来た方と反対方向に足を向けながら、周囲の様子や住人、建物の様子などを確認する。本当にここに来る人など殆どいないのであろう。奇異の目、もしくは警戒の色を濃くした瞳で、住人たちがふたりを見ていることに気づく。 


 セレスティーヌはセレスティーヌで、集落に違和感を持ち始めた。



 老人との騒動を知らない人々が、やはり探るような目を向けて来る様子にアマンダも気づき、ふたりは注意深く辺りを確認しながら集落の外へと急いだ。

 山の合間という言葉がぴったり来るような集落の周辺は、樹々がとても多い。


 林の中へ身を潜めるように進むと、小さな沢の流れを見つける。念の為に汚染調査の道具を出し、沢の水を汲んでは試薬を垂らした。


「きっとここの流れや井戸の水を使っているのだろうから。貯水池は殆ど使われていないようだったわ」

「雨水が貯まるだけで流れの少ない貯水池というのも、それはそれで衛生的に厳しいのかもしれませんね」


 特に沢の水に問題がない事を確認すると、きつく蓋を閉めてカバンの中に戻す。


 ガサガサと低木が揺れ、獣かとセレスティーヌは身体を固くする。

 アマンダは近づいて来る気配を察知して、首を振った。大きな黒い影に、再び身を竦める。


「大丈夫よ」

「おや、おふたりさん? 奇遇ですね?」


 能天気な声が響く。

 大荷物を担いだジェイが、樹々の間からひょっこりと顔を出したのであった。

 

 ******


 ジェイは野営道具を運んできたようで、村人に見つかり難い場所に移動しては、三人でテントを張ることになった。


「初めからここを調べるように言って下されば、調べておくんですのにねえ?」

「周りとの比較もしたかったのよ」


 ジェイの言葉に、アマンダが眉を顰めた。


「領内に他の問題がないかも確認させたかったのですよね? まあ、小さいものはそれなりですが、懸念するような大きな問題は他にはありませんでしたよ?」


 考えなどお見通しとばかりに頷きながら言うと、報告書をアマンダに渡す。


「一番はここってことね」


 ペラペラと手早く捲って目を通すと、カバンに入れる代わりに先ほど採取した水入りの瓶を差し出した。ジェイは瓶を見ながら受け取る。


「人の出入りが少ない集落は目立ちますからね?」

「おまけに、時代錯誤の偏見ジジイだったわ!」


 やり取りを思い出したのか、アマンダが口を尖らせた。


「まあ、家業の手伝い何かならともかく、女性が外でバリバリ働くことはまだまだ少ないですからねえ?」


 もしかしなくても、村人とのやり取りを見ていたのだろう。ちょっと困ったようにジェイが頷いた。


「ましてやここは比較的辺鄙な集落で、相手はお年寄りですよ? どうしたって保守的になりますから?」


 ふたりの気安いやり取りを見ながら、セレスティーヌは考えていた。


「……お嬢様、何か?」


 ジェイが確信を持ってセレスティーヌに声をかける。

 一緒に集落の様子を見たアマンダも、セレスティーヌに頷く。

 多分、同じような考えを持ったのであろう。


「まず、非常にご老人が多いのが気になりました。若い人どころか、子どもすら見ませんでした」


 通常小さな子ども達が、手伝いをしたり走り回ったりしている筈である。このような自然豊かな所なら尚更であろう。

 ところがセレスティーヌたちが集落で見たのは、壮年から上の年齢の者ばかりであった。


「……きっと、働き手がなくて充分な畑仕事が出来ないのだと思います」

「土地は多少痩せてますが、それはたぶん手入れをしていないからですね?」


 セレスティーヌは頷く。

 ユイットの街もはずれの方では田園風景が広がっていた。農業をしている人もいたが、跡継ぎがいなかったり年を取ったりで畑を売ったり、縮小して自分たちが食べる分だけを作るという生活をしているお年寄りがいたのを思い出した。


「『過疎化』ね」

「過疎化……?」


 アマンダが確信に満ちた声で引き取った。

 近隣の国々で問題になっているという話を聞いたことがあるが、遂に自国でも発生したのかと気を引き締めた。


「……長閑でいいところだけど、生活するに便利な場所ではない。冬が厳しい農地では、働き盛りの男性が出稼ぎに出るのも少なくないわ」


 幸いこの辺りは山さえ抜けてしまえば観光地にもそれ程遠くなく、働くには困らないであろう。

 更に中央部へと足を延ばせば領都もある。


 外へ出るということへの物理的な足枷が低く、すぐ戻れるという気持ちが更にハードルを低くする。


 だが、人は易きに流れやすい。

 効率のいい、より稼げる仕事があるとするならば、そちらを選択する人が多いであろう。


 勿論仕事は稼ぎの多さだけが目的ではないし、農業は農業で素晴らしい職業である。

 それでも置かれている現状や、先々を考えて、別の仕事に別の安住の地を探し求めることもあるのだろう。


「色々天秤にかけて、割の悪い仕事よりも安定した仕事を求めたり、小さな子どもなんかいたら、家族と離れないで暮らせるような選択をするのも解らなくはないわね」


 国によっては例外を除き、生まれながらに仕事が決まっているという場所もある。専従、もしくは世襲。親の仕事と同じ仕事を子が継承するのである。

 それは職業や収支の均衡を崩さないために効力を発揮する一方で、向き不向きや、人権という観点でマイナスの反面もある。自由を奪われたと感じる人々は、抑圧され、不満が生まれ易い。


 エストラヴィーユ王国では職業選択の自由が認められており、自分で職業を選択できる。


 とはいえ、何代も続く老舗に生まれれば、周囲には当然のように跡を継ぐことを求められるだろう。それ以外にも手習いのように父の仕事を手伝うことによって、馴染みのある同じ職業に就く人間が多いという傾向は強い。


 だが、それを選択しないという権利もひとりひとりが持っているのだ。


「ここと同じような傾向の町や村はどのくらい?」

「この集落程顕著ではありませんが、十数か所程でしょうか?」

「……多いわね。冬が厳しいクラウドホース地方でも、同じような場所があるかもしれないわね」


 国の北部に位置するマロニエアーブル地方と、北西部に位置するクラウドホース地方は、エストラヴィーユ王国の中では雪深い地域として知られている。他国との境や、クラウドホース領とマロニエアーブル領の境にも高い山があり、湿った空気を堰き止めて雪を降らせるのだ。反対に海沿いの地域は滅多に雪が降らない。


「無理やり住人を連れ戻す訳にも行かないし。どうするのが良いのかしらね」


 アマンダとセレスティーヌは自然と顔を見合わせて、どうしたものかと思案した。

 

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