9 問題点とは
暫くして、やはり気になり続きを教えてもらおうと戻ってみれば、老婆の姿は影も形も無くなっていた。
ダメ元で、隣にテントを張って果物を売る店員に声をかけてみる。
「ここに座っていた占い師のお婆さんはどちらへ行かれましたか?」
「占い師の婆さん? ……そこは今日は一日空いているよ」
(一日空いてる……?)
向かいの店にも声をかけてみるが、返って来る答えは同じものであった。
「不思議なことがあるものねえ。狐にでも化かされたのかしら」
お伽噺のようなアマンダの言葉に、首を傾げる。
「観光客相手に嘘をついても仕方がない事ですし……不思議です」
口も態度も悪かったが、親切に気になったことを教えてくれたのだろう老婆が危険な目に遭っていなければいいがと思う。
(聞けなかったアマンダ様の内容も気になりますし。また何処かでお会い出来たらいいのですが)
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マロニエアーブル地方も先の二領と同じように、豊かな自然と、豊富な農作物や酪農などの産業に支えられている土地であった。
山深い土地柄ゆえか、素朴で生真面目な人が多い印象を受ける。
アマンダは何かを探すかのように周囲を見渡していた。
初めはジェイと約束でもあるのかと思っていたセレスティーヌであるが、探すまでもなく現れる彼を思い出しては違うと悟る。
(初めから経路を決めていらしたわね……)
基本的に行く場所はアマンダが決めている。
セレスティーヌにも聞いてはくれるが、彼女が他領について詳しいわけもなく、いつだってお任せ状態だ。
先ず気落ちする彼女をドリームランドに連れて行ってくれた後、サウザンリーフでも東へと向かっていたが、あれは海のある方向へという意味であった。
ローゼブルクでも様々な場所へ逗留したが、気分や前々公爵の進路によって変更する宛てのない旅である。
思い起こせば今回は、何があるからどこへ行こうとか、それを見にそこへ行こう、という言い方ではなかった。
『北から順に回ろうかと思っている』そう言っていた。
今ならばそう思えるという範囲だが、観光をしながら、いつもより念入りに各地の様子を確認している素振りがあった。
(……今回は、何か明確な目的があるのかしら)
傷心旅行と名打ち国内を放浪するアマンダであるが、確実に各領の問題や困りごとを確認しているのだ。そして国の要職につくという彼の父親や友人のアンソニーに、ことあるごとに報告・改善を促している。
「……アマンダ様。何かをお探しなのですか?」
確信に満ちた声で訊ねると、アマンダが小さく目を瞠った。
「アタシ、わかり易かったかしら」
そう言って、バツが悪そうに曖昧に笑った。
「そういう訳ではございませんが、今回は観光をというよりは、『何かを確認する事』が目的という風に見えましたので……」
「なかなか鋭いわねえ。とある地域の収穫量が、年々下降傾向でね」
「農業地ですか?」
「うん。水害や風害なんかで、一時的に下がることはよくある事といえばよくある事なんだけど。盛り返しもなく下がり続けているし、かといって周囲の村々はそうでもないから、災害に見舞われたという理由じゃない気がするのよね」
「直接その場所を確認するだけでなく、周りの様子も確認するために順番にまわっていたのですね」
合点が行った様子のセレスティーヌに、アマンダが頷き返す。
「他にも問題を抱えた場所や人がいるだろうしね。それにやはり状況確認だけでなく、比較対象も必要だろうから」
必要な事を熟しながらも、セレスティーヌには純粋に行く先々での出会いや出来事を楽しんでほしいため、敢えて話さないでいたのだ。心優しい上に仕事大好き人間であるセレスティーヌが知ってしまえば、観光などそっちのけで問題に取り掛かってしまうに違いない。
(……元々自分の仕事な訳だし)
アマンダはそう思うが、やはりというべきか、懸念通りセレスティーヌは問題に取り掛かる気満々な様子である。
「流行病で大規模なものは確認されていないのですよね?」
「そうねえ……季節病みたいなのはあったと思うけど、例年通りよ。そこに限った話ではないと思うわ。勿論報告があがって来ていないだけで、働き手を多く欠いたとか、可能性はなくはないけど」
季節により、他の時期よりも罹患者が増える病を『季節病』と呼んでいる。
内容は風邪に似た、だけども酷い症状になるものや、お腹に来るもの、発疹が出るものなど複数ある。
国中全体に広がる場合や、局地的に多い場合など様々であるが、最近は適切に隔離・治療するなどの対策が身について来た為か、大きく波及することは減少傾向にある。
医療の発達を希望を託していることは確かだが、壊滅的な疫病の流行という話は最近のところ聞いたことがなかった。
セレスティーヌはここ数年、新聞などで話題になるような規模の事故や災害がマロニエアーブルにあったか、記憶を掘り起こす。同時に自分の住んでいた街ユイットやその周辺で同じような現象がなかったかを思い出してみる。
残念ながら、すぐに思い当たるものはなかった。
「水質汚染や土壌汚染は考えられないのでしょうか」
「一応そう考えて、調べるために採集する道具は持って来ているわ」
そう言ってカバンをポン、と叩く。
先日送った決裁書を確認したアンソニーが、自分が調べる間に、取り敢えず己で採集をして実害があるのかないのかを調べろと送りつけて来たのだ。
実は各領地で一、二度程、こちらの無事の確認や書類、伝言のやり取りの為に泊まる宿を指定されいるのだが、ご丁寧にも道具と試薬がセットで送付されていたのである。
「でも、汚染なら周囲の村や町へも影響があると思うのよ」
「そうですよね……」
言いながら、それはセレスティーヌも考えていた。
連作をしていると土壌の具合が偏るので、収穫量が落ちることがある。セレスティーヌですら知っていることであるので、農業を生業にしている人間であれば言うまでもないであろう。土地を休ませたり別のものを作ったり、肥料を与えたりして改善する訳だが、それをしていないとは考え難い。
それならば、仕事や業種を替えた可能性。働き手を多く欠いた可能性。
他には何があるだろうか。
「問題の村はこの辺りなのですか?」
「もう少し先よ。この辺りは近いので、他の土地と比べて環境に変化や違和感がないか確認していたの」
「では、確認しながら急ぎましょうか」
「わかったわ」
いつもはふんわりとしたセレスティーヌが、心持ちキリリとした表情で言う。
アマンダと言えばため息を吞み込みつつも、活き活きとした様子のセレスティーヌをみて、心強く感じながら頷いたのであった。