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8  北部~西部を観光する

 北部はローゼブルク同様、隣国との国境を接している土地だ。

 海沿いのローゼブルクと比べ、山が多いマロニエアーブルは季節の移ろいが早い。更にその北部であるがゆえに、朝夕は秋の気配がすぐそこまで来ているようであった。


「隣国との関係はマロニエアーブルも良さそうね」


 心持ちホッとしたように感じる声で言った。

 セレスティーヌは自分が聞いても良いものか、ちょっと躊躇しながら、疑問を口にする。


「隣国とは緊張関係なのですか?」

「ううん。良好だと思うけど。――でも何処に火種があるか解らないから、注意に越したことはないっていう奴よねえ」


 取り越し苦労とか気苦労という類のものらしい。

 いざという時に迅速に、問題が小さい内に対応する方が労力も時間も金銭的にも小さくて済むことから、常日頃気にかけているのだそうだ。


 アマンダは眩しそうに陽の光を受ける畑や牧草地を見ている。


「北部は酪農や農業が盛んね」


 指差す方向を見れば、牛や羊がのんびりと草を食んでいる。

 もう少し行けば、動物園があると村人が言っていた。

 話し掛けて来た親切な村人に、アマンダは困りごとや困ったことはないか、それとなく世間話に紛れさせて質問をしていた。


 距離があるために時折乗合馬車を使ったりしながら、のんびりと北部を旅する。

 豊かな自然や状況を確認するたびに、アマンダが内心安心しているのが伝わって来る。他領でも同じであった。

 アマンダは高位貴族でありながらも平民の生活を気に留めてくれる、心優しき貴族である。


 そして観光名所の多い北西部から西部にかけて、更にゆっくりと進んで行く。



 馬車から降り坂道を登って行くと、水が叩きつけるような音がしてくる。

 滝だ。

 遠くからも見えるその姿は、かなり大きなものなのだろう。近づいて行けば次第に音が大きくなり、小さな水の粒子が飛んで来る。


 危険がない場所に設置された見物のための大きな橋の上で、沢山の人が滝を見ている。

 まだ紅葉は始まっておらず、瑞々しい緑の中を、勇壮な滝が轟音を響かせていた。

 

『スプレンダー・フォール』 

 手すりの近くの案内板に、名前が書いてある。

 大陸にある三大名瀑のひとつに数えられる滝だ。


 迫力のある音と水の勢いに、子ども達から歓声が上がっている。更には勢いよく滑り落ちる水飛沫に陽の光が反射して、薄く虹がかかっていた。

 人々は思い思いに観賞したり感想を語り合ったりと楽しんでいる。


「ここまで水の細かい飛沫が飛んでくるのですね」

「緑が鬱蒼としているし、熱い時期でも涼しそうね」


 音が大きいため、心持ち声も大きくなる。


「冬は寒さで凍ってしまうんですって」


 幾重にも水の動きを閉じ込めたような氷の流れが素晴らしいと言われ、風景画に描かれているのを見たことがある。

 真っ白な凍った滝も見事だが、春は新緑の萌黄色に、秋は紅葉の中、滑り落ちる滝もそれぞれに美しいことだろう。


「虹がかかってますね」

「ね♪ 何となく、イイことありそうな感じね!」


 そう言って顔を見合わせては微笑んだ。



 充分に名瀑を観賞した後は再び乗合馬車に揺られた。近くに王家の廟があるルミエールソレール寺院もあるために、観光客を取りこぼさない為の馬車が巡回しているのだそうだ。


 暫しまったりと長閑な景色を楽しみつつ揺られれば、これまた豪華な寺院が見えて来る。

 高く伸びる尖塔屋根、壁や柱に施された無数の彫刻。美しい色とりどりの幾何学模様のステンドガラス。

 迫りくるような迫力に、一瞬息を呑んだ。


「凄い総工費よね」


 悪戯っぽくアマンダが言うので、セレスティーヌは銀色の瞳を瞬かせて笑った。

 確かに。どれだけの人と月日と、費用が掛かったのだろうか。

 考えれば考える程、途方もない数字がはじき出されそうで苦笑いが出た。



 大聖堂の中で祈りを捧げていると、熱心に祈る人の姿が多数見受けられた。

 敬虔な……というと言い過ぎな気はするが、セレスティーヌはごく普通という範囲の信心深さであろう。


 アマンダは意外にも現実主義者であるようで、敬虔とは程遠い様子であるようだ。ただ、無神論者であるというのは具合が悪いようで、周りに混乱を与えないためにも信じているフリをしているのが見て取れた。


 なので初代王の廟へ出向き、祈りを捧げるというのは少し意外であった。

 王の御霊であって神ではないが……



 廟のある区域まで入る人は少ないのだろう。静謐で厳かな空気が辺りを満たしている。

 階段を降りる足音が反響で響き、呼吸する音まで聞こえてしまいそうに感じる。


 しばし降りれば階段が終わり、広い場所に出た。重厚な扉を守る衛兵に目配せをし、扉の前で跪く。中に棺が納められているそうであるが、勿論一般人は中へは入れないため、廟の前で祈るのだ。

 熱心に祈っているらしいアマンダの斜め後ろで、セレスティーヌはどうしたものかと思ったが、同じように手を組んで祈ることにした。


(アマンダ様……本当はアマデウス様だそうですが、お国の為に頑張っておられます。傷心旅行と言いながら、各地各領をご心配されているみたいですので、国民とエストラヴィーユ王国をお守りくださいませ)


 考えてみれば、アマンダは王家とも遠縁であるのだろう。公爵家同士は政略的に結びつきがあるため、何代か前に遡れば必ず繋がりがある訳で。

 ローゼブルク公爵家と繋がりがあるということは、オステン家とも何処かで繋がりがある筈だ。


(アマンダ様のご先祖様なのですね……ご子孫様をお守りくださいませ)


 心の中でなるほどと答え合わせをし、ご先祖様のお墓参りだったのかと納得したセレスティーヌなのであった。



「随分熱心に祈ってたわねえ」


 昔の王に、いったいなにを祈ったのだろうかと疑問である。

 厳かな気持ちのまま地上へ戻り、ふたりは今、門前町を練り歩いていた。


「国民と国の平安、でしょうか」


 ドヤ顔で言うセレスティーヌに、内心首を傾げながら頷いた。


「そうなのねぇ?」


 何か腹ごしらえをしようかと思い、店をひやかしていたところ。


「ちょいと、アンタ達」


 皺枯れたような声が耳に届く。

 見れば紫のローブを纏った老婆が水晶玉を前に座っており、ふたりを見上げていた。


(占い師?)


「……アタシ達は間に合ってるわよ」


 ジト目で取りつく島もなさ気にそう言うと、老婆は嫌そうな顔をしながら手を振った。


「まあ、そう言いなさんな。つーか、アンタ金持ちの割にドケチだねぇ」


 老婆は吐き捨てるように言う。アマンダは口をへの字にして腕を組んだ。

 皺に埋もれた瞳でふたりを交互に見遣り、何か言いたげな表情をする。


「……まあ、間に合ってるって言うんだし、要らないね」


 そう言ってアマンダの顔を見ながら鼻を鳴らした。

 そして、今度はセレスティーヌの方へ顔を向ける。


「そっちのアンタ。もう少ししたらちっこい奴に出会うから、そしたら大事にしてやりな。情けは人の為ならず。その内イイこともあるだろうからね」 

「ちっこい奴、ですか?」


 ちっこい奴とはなんだろう。人なのか、物なのか。

 追加の情報を貰おうと金を払おうとしたが、手を払われた。


「アンタは素直だね。こっちが呼び止めたんだからお代は要らないよ。出会えば分かるから、楽しみにしておくといいよ」

「ありがとうございます……?」


 何の事か解らないセレスティーヌは、小さく首を傾げた。

 ククククッ。老婆が気味悪く笑う。


「もう済んだよ。邪魔だからどいとくれ!」


 因果応報なのだろうか。取りつく島もなく吐き捨てられた。

 ふたりは顔を見合わせて、瞳を瞬かせる。

 それ以上微動だにしない老婆に、セレスティーヌは小さく頭を下げた。

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