酷い話、だがよくある話? 後編
「……何か、今流行の悪役令嬢婚約破棄物語と同じような話の筋だけど……」
物語でよくある筋書き。
王太子や王子、せいぜい公爵令息が宣うセリフである。
婚約破棄される側も公爵令嬢や侯爵令嬢で。
ついでに、追放されるのは小さい町ではなく国である。
「婚約破棄されたアナタにいうのもなんだけど……何だか、規模がちっさいわねぇ。地味だわ」
「まぁ、物語ではなく現実ですからね……」
微妙な表情のアマンダに、神妙な顔で頷き返す。
「確かに。王子や公子がそんなことしてたら、国が潰れちゃうわよねぇ」
家同士……下手したら国同士の婚姻である。
運命の相手が出来たからなんて血迷いごとを言って婚約破棄なんてしようものなら、戦争が起きてしまいかねない。そんなものを実行する前に身分を剥奪され、軟禁されてしまうであろう。
『再教育』とか『病気療養』とかいう単語がチラつく。
なんとかかんとか苦心して、上手くすれば側妃や愛妾に出来るかもしれないが。お相手の女性が、とんでもない苦労を背負いこむことになるのは火を見るよりも明らかである。精神的にも肉体的にも、ドえらいプレッシャーと義務と教育と……とにかく、良からぬ方への天秤の傾き具合が尋常でないのが想像できてしまう。
超高位貴族というのは傍から見ると華やかで羨ましいと思われがちであるが……意外に自由が利かない立場に暮らしているのである。一般の人間よりもその身を尊重される反面、義務や我慢、諦めといった事々も同じくらいについて回る身分でもあるのだ。
まあ、とにかく。
伯爵令息が男爵令嬢に本気になってしまい、子爵令嬢と婚約破棄。
……一気に現実味を帯びた話となった。
とはいえ代官令息の不貞による婚約破棄である。……管理地では知らない人がいない、領民にとっては偉い家&人の婚約破棄だ。
意地悪は息子の個人的な意見であって、セレスティーヌがそんな事をするとは思っていないが……まあ色々と外聞が悪いということで、事を大きくせず、有耶無耶な感じにして貰えないかと、ダニエルの父であるレイトン伯爵に申し入れられたそうなのだ。
「何か信用ならないですからね、親子共々」
父代官――レイトン伯爵自身は仕事には実直な人間であるが、少々頼りない人であるそうだ。更にはひとり息子には甘く、なんでもなあなあにしてしまうところがあるそうで。
現にセレスティーヌは、なんならしばらく親戚の屋敷で静養したらどうだろうか、と勧められたそうである。――つまりは静かに身を引き、自分達の前から消えるようにということである。
「で。ご両親はどうした訳?」
物語なら、婚約破棄された娘を叩き出すのが大半。
娘を庇って泥沼化するか嘆くのがそれぞれ一部。相手に復讐するのが極一部である。
現実にはどうなのだろうか……話し合って婚約解消はあっても、いきなり破棄を叩きつける(つけられた)人間に会ったことがないので、想像がつかずにアマンダは首を傾げた。
「酷く心配してまして、気にしなくていいと言ってくれたんです。私の落ち度ではないと」
「ふうん。確かにそうよね。ダニエル君だっけ? 彼のことを親たちがもっと窘めるべきだもの」
彼女の両親は一応はまともな人物であるようだ。
ではどうしてセレスティーヌはここに独りでいるのか。
セレスティーヌいわく、なんだかんだとドラ息子に押し切られて、子爵を本当に副官から外しかねない。今後ダニエルに代替わりしたら間違いなく外すに決まっている。
更には妻の座に収まった男爵の家が、いろいろと出張ってくる可能性も否めない。
セレスティーヌとしては、貴族令嬢としての務めを果たせず、心配してくれる両親を路頭に迷わせるのも、閑職に追いやられるのも心苦しい訳で。
第一、子爵の細やかな采配で管理地のあれこれを熟しているといっても過言でないのに、副官から外されたら領民に多大な皺寄せが行ってしまう可能性もあるだろう。
最悪……管理地がどうにもならなくなった結果、男爵令嬢と別れさせて再び婚約をとかいけしゃあしゃあと言われかねない危うさがあるのだそうで。そんなの地獄である、と。
「出て行かなければ仕事を取り上げるというなら、出て行くまでです」
心情的には願ったり叶ったりともいえる破談だけれども、家のことを考えれば大きい損失となりかねない。よってセレスティーヌは婚約破棄を了承する替わりに、話し合いの内容を証書として作り、その場でサインさせたそうである。
――セレスティーヌとダニエルの婚約を破棄し、互いに今後一切かかわらない。
伯爵家のいう通りに婚約破棄に了承したならば、子爵家に対して不利益は働かない。
作為的・理不尽な解雇や降格、減給などをした場合は、上層機関に訴えのもと司法の判断に委ねるうんぬんと、事細かに記載したそうである。
これは公的な証拠になるものだ。だが圧倒的強者(?)が相手の場合、いいように覆されることも無きにしも非ず。
アマンダは懸念を口にする。
「書いたところで、後々二重証書だとか言われないの?」
「それは大丈夫です」
セレスティーヌはきっぱりと、穏やかな声で……だけど大きく頷いた。
自分という存在に絶対的自信があるダニエルは、セレスティーヌが後ほど自分と寄りを戻したいと後々ごねないかを心配したらしく、きちんとしておこうというセレスティーヌの意見に賛成し、公証役人を呼んだそうである。
随分と自分に自信がある人間なのであるが、まあ、ちょっとおいておく。
――公証役人は証書が正しいものであると証明する人間で、国の役人だ。話し合いに公平性を持たせる一環として、国の制度として採用されている制度である。書かれた内容が正しいものかどうか双方に確認し、両家と役人と同じものを一通ずつ証書を作ってサインをし、役人が受け取った分は国に保管される仕組みである。なので争い事に発展し、万一片方が悪意を持って書き換えたとしても、国に写しがちゃんと存在するという代物だ。
約束が破られた場合は、申請により区画の所定の場所に張り出される。そして改善だったり慰謝料だったりを迫られる事となる。
あまりにも悪質な場合は裁判に発展することもあるのだ。
「あのまま自分がいたら、父や弟が苦労する事となるでしょう」
理不尽な対応をされまくるに決まっている。主にダニエルに。ダニエルにおもねる人間もいて暮らしも仕事もし難いに違いない。
だが流石に、横暴極まりない理由でセレスティーヌが言われた通り、独り家を出たとしたらどうだろうか? ――きっとみんな同情して、表向きは波風を立てないにしても子爵家に好意的に対応するであろうと考えた――だって、明日は我が身なのだ。
更に万一にも迷惑をかけないよう、更には再びよりを戻されないように修道院に入ると書き残して家を出て来たのだそうで。修道院についたら連絡をするので心配しないでと付け加えて来たらしい。
誰にも言わず飛び出したのは、言えば引き留められるからだそうだ。
ついでに同じ子爵家の親友と、噂話が何よりも大好きな雑貨店のおばさんに事の顛末を書き記した手紙を投げ込んできたそうで。親友は貴族の社交で、雑貨店のおばさんは日々の日常で、セレスティーヌの立場を悲哀たっぷりに、大いに広報活動を行ってくれるという寸法である。
『公証役人にもサインを貰った嘘偽りない話で、なんならお役人に聞いて貰ってもいい』と書き記し、ご丁寧にお役人の名前まで書いて来た念の入れようだった。信憑性マシマシである。
「抜け目ないわねぇ」
か細くて、一見世間知らずのご令嬢に見えるセレスティーヌであるが、女性ながら父の手伝いをしていたという彼女はなかなかどうして、機知に富んだ女性であるらしかった。
「管理地から出て行くなら、隣町に行けばよかったんじゃないの?」
「ああ、それは。あの人たちを金輪際目にも入れたくないのと、万が一何か不都合なことが起こった時に事態を収拾してくれと頼まれかねないので……」
「……ああ、そうなのねぇ……」
うーん。そんな奴らが代官なんぞをしておって、ユイットの町は大丈夫なのだろうか。仕事を熟すのも大切であるが、領民の身に立って考えられ、行動できなくてはならなければいけないというのに……任命された地方代官というのは、国や王家といった中央と領民たちとの架け橋を担う立場である。
(代官だろうが人間だから、ガチガチに縛り付ける権限はないんだろうけど……息抜きも必要だとは思うけど、流石にねぇ?)
行き過ぎでは。思わずアマンダは心配になってへの字口で腕を組んだ。
「で、親戚の所に? それとも本当に修道院に行くの?」
「いえ。親戚の屋敷だとすぐに連れ戻されますので。これからは元貴族の平民として、どこか別の領地で貴族の屋敷か裕福な商家にでも奉公に出ようと思ってます」
「……子爵令嬢が?」
「子爵家とはいえ、そこまでの家柄でもないので……使用人で賄いきれない家のことは、ある程度自分達でもして参りましたので」
ちょっと困ったように小首をかしげると、恥ずかし気に苦笑いしながら小さく頷いた。
「そうなのねぇ。行く先は決まってるの?」
話を聞く限りでは家の人間に見つからないよう大急ぎで出て来たのだろう。紹介状もない状態で貴族の屋敷で働くことはなかなか難しいといえる。……とはいえ抜け目がなさそうな彼女のこと。家の印なりがついた紹介状の原紙も、ドサクサに紛れ持参しているのだろうか。白紙であっても、子爵家の娘であるので自筆で書いても問題はないだろう。
……普通は執事なり家令なり、責任者が書くものであろうけれど……
「いえ。取り敢えず早々に王都を抜けて、フォルトゥナ領に向かおうかと思っております」
「……フォルトゥナ?」
フォルトゥナ領。自然豊かな領地である。
フォルトゥナのどのあたりに落ち着くつもりでいるのか否かは不明であるが、どうしたものか。奥に入るととてもではないが貴族の娘が一人旅をするような場所でないような気もするが(まあ、それはどの領地も同じである)、はてさて。