6 マロニエアーブルへの道すがら
まだまだ残暑が厳しい時季ではあるが、朝夕などふとしたに秋を感じることがある。
夏が色濃く進んで行こうという頃に出会ったふたりであるが、もうずっと一緒にいるようにも感じる。
ふたりは本来異性ではあるが、アマンダが女装をしているために、同性の友人のような関係だ。
そして行きがかり上一緒に旅行することになったのだが、見ず知らずの人間といきなり一緒に旅行するのはどうなのだろうと思い、『侍女兼話し相手』としてアマンダが雇っていることになっている。
そんな訳で、宿泊費はアマンダ持ちで、侍女としてのお給金も渡しているのだが。
初めに手渡された金額を見て、セレスティーヌは青褪めた。
――あまりにも大金だったからである。
宿泊費と食費を出して貰った上に、一般的な貴族の屋敷に勤める侍女の倍程にもなる給金は受け取れないと、断固拒否をしたのである。
「……出張していると思えば、雇用主が宿泊に関わる経費を払うのは普通じゃないの?」
「新人の侍女がこんなにいただくことはございません!」
「……その辺は家によりけりだと思うケド。うちはこのくらい出していると思うんだけどなあ」
突っ返された金貨を見て、黒い切れ長の瞳を瞬いた。
そんなこんなのやり取りがあって、セレスティーヌの実家であるタリス子爵家に習い、彼女の家の侍女と同じだけの給金を渡すことに落ち着いた。
……こんなことを思い出しているのは、昨日がお給料日だからである。
正当な評価だと思うのだが。
いまだ現状でも多いというセレスティーヌに、内心でため息をついた。
「美徳も過ぎると悪癖ねぇ」
一方、セレスティーヌはセレスティーヌでアマンダの気前の良さにヒヤヒヤしている。
散財家という訳でもないし、金銭感覚が緩いという訳でもないのだが……ここぞという時のお金遣いに容赦がない。真の持てる者の考え方なのであろうか。
人間関係に色々あったらしい彼、ないし彼女にとって、信頼に足り得る人間というのが大切なのだということは解かる。その枠内に自分を入れてくれるのも嬉しい。
だが、利用してやろうとでも考えていない限り、不相応なものを目の前に出されてもそう喜べるものでもないのが人間である。
本来なら真に友人として接するために、雇用関係は結ばない方がいいというのも解る。
(……かといって、手持ちのお金で間に合う筈はないし)
あてのない旅だ。アマンダがどうやら途轍もなく忙しい身の上のようなので、そうそう長期にはならないだろうとは思いつつも、暫く戻る様子もないというのが彼女の見立てである。
そうなると路銀が尽きる辺りで離れ離れになり、セレスティーヌは何処かの土地でひとり生活を始めることになるだろう。治安のよい場所、仕事の内容など、吟味してかからないと泣きを見ることになるということをひしひしと感じている。
ふたりの出会いこそ、見知らぬ男に連れ去られようとするのを助けてもらったのがきっかけだ。
ひと通りのことは出来るつもりでいても、実際は危なっかしいことこの上ないのであろうことをしみじみと実感した。
勿論自分のことだけでなく、長年の片思いに破れ、絶賛傷心旅行中のアマンダのことも気にかかる。
女装をしていても、対外的には男性であるアマンダと、未婚の令嬢セレスティーヌが一緒に旅を続けるのは外聞が悪い。求職中であるセレスティーヌの事情と、気兼ねない同行者が欲しいアマンダの心情と、問題になるだろうあれこれを混ぜて引き出した結果が『侍女兼話し相手として雇用する』に落ち着いたのである。
不思議なことに、アマンダとの関係性は快適この上なかった。
上位者特有の傲慢さも上から目線もないアマンダは、本当に年上の友人のようであった。
男性である筈なのに姿同様、心は女性なのだろうか……細やかな心遣いをみせるアマンダとのやり取りは温かな思いやりに満ちている。
そのくせ結構ズバズバと歯に衣着せぬもの言いは、女性特有のネチネチした裏を感じさせず、非常にさっぱりすっきりとしてもいる。
社交界で過剰に身なりに気を付けるようなこともなく、大口を開けてモリモリと食べるのも問題ない。むしろ推奨される。
女友達よりも気を遣うことがなく、伸び伸びと深呼吸して過ごすことが出来ている。
最近はアマンダの影響か、それとも旅をして歩くからなのか。セレスティーヌもモリモリと食べるようになった。
更に更に。心はともかく身体は屈強な男性であるため、ゴロツキや輩が難癖をつけて来ても物理でねじ伏せてくれるのだ。
この前もヤンチャな山賊に出会ったのだが、新品のワンピースを汚され、怒れるアマンダに秒でブチのめされて終わった。
食堂で椅子を引くことはないが、草の上や岩の上に座る時など、サッとハンカチやら上着やらを広げてくれるし、馬車の乗り降りの際は小柄なセレスティーヌを気遣い、極々自然と手が差し出される。
……女性嫌いの気があるような話を聞いていたが、どうして、かなり手慣れたエスコート対応である。
「立場上、息をするように身に付いているのよねぇ」
観念したかのように口をへの字にしていた。
きっと、教育の賜物なのであろう。
『オートマチック・紳士対応能力』……超高位貴族というのも大変なものである。
一緒に食べたり飲んだり、旅をしたり。時に事件を解決したりするうちに、お互いすっかり気心知れた仲である。
まだ数か月の付き合いではあるが、もう長い付き合いであるかのようだ。
「あれってばそれよねぇ」
「そうですね。それはあれですよね」
うんうん。お互いに街道を歩きながら深く頷く。
旅が始まってすぐ、手持ちしかできないと不便だということで、金具とバンドをつけてもらい肩に掛けられるようにしてもらった。両手がフリーになり便利になった。
今はふたりしてカバンを斜め掛けにしては、でっかい影とちっさい影が街道に伸びる。
阿と言えば吽。ツーと言えばカー。
凸と凹が合わさるような、妙にしっくりしたフィット感。
アンソニーやカルロ、ジェイともそんなところはあるものの、そこには長年の交流やら何やらが介在する訳で。
「マロニエアーブルでは何をしようかしら」
「……マロニエアーブル公爵様はどのような方なのですか?」
サウザンリーフ公爵はオーガのお面を被った上、キンキラキンの桃柄な甲冑を纏って現れた。盗賊団を捕らえるために、万が一の戦闘に備えてのことらしい。
何でも公子だった頃にはあの甲冑を纏い、海賊と戦ったことがあるとかないとか。
そしてローゼブルク前々公爵は何というか、非常にお元気なご老人であったとセレスティーヌは思う。若かりし頃はかなり、いや……なかなかヤンチャでいらしたという伝説が、ローゼブルク中に散見されるらしい。
……同じ貴族とはいえ、公爵というだけで雲の上の人であるが。
見かけただけで挨拶すらしていないが、おふたりとも破天荒が過ぎて、何というか心構えをしておかねばと思わせるお人柄である。
「そうねえ……非常に朴訥とした、それでいて非常に強いわね。なんせ、若い頃は格闘家をしていたことがあるから」
「えっ!?」
(格闘家!?)
朴訥という言葉と、強いという言葉がまるでマッチしないのであるが。
更に聞き間違いでなければ、若かりし頃に格闘家をしていたことがあると言わなかったか。
「…………。お家の方は反対されなかったのですか?」
若干引き気味なセレスティーヌに、アマンダは腕を組み首を傾げた。
「うーん? 多分されたんじゃないかしらねぇ」
「……はぁ……」
(何というか、公爵家の方々というのは全員個性的な方々ばかりなのでしょうか……)
自分が関わることはほぼほぼないとはいえ、一般的な貴族とは一線を画していると言えるだろう。
それになんだか、みんな武闘派に思えるのはなぜだろうか。
「やはり立場上狙われたりとかするので、身体を鍛えることに繋がるのでしょうか」
「そうね。それはあるかもね」
ローゼブルク公爵家と繋がりのあるらしいアマンダも、非常に屈強な人物である。
「皆様大変ですね……」
「まあ、仕方ないわよねぇ。ただすり寄ってくるだけじゃなくて、出来得る限り利用してやろうとか蹴落としてやろうとか、場合によってはお命頂戴とかつきものだもの」
(つきものなのか)
セレスティーヌは、超高位貴族の日常に(?)気が遠くなる。
「それなら……武闘派になるのも納得ですね」
「最終的に身を護るのは自分だからね。でも、マロニエアーブル公爵は気さくな人で、愛嬌があるっていうか。結構天然ボケなところのあるお爺さんだけどね」
「……はぁ……?」
公爵で元格闘家で、朴訥としていて愛嬌のある天然ボケ。
つかみどころのない人物像に、首を傾げるばかりのセレスティーヌであった。