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5  シーサイドパークは花盛り

 楽しく飲み食いした後に、大きなカバンをぶら下げたジェイが手を振って帰って行った。

 もっとも帰るというよりは、用事を言いつけられて熟しに行ったと言ったほうがよいのかもしれない。それでも何だかんだで意気揚々といった感じに見えるのは、彼が仕事を楽しんで熟しているからなのだろうか。



 翌朝、早起きしたふたりは涼しいうちに宿を出て、少しだけ北上してシーサイドパークに向かう。

 公園と言っても珍しい国営公園で、その名の通り海沿いの街にある広大な場所だ。


 沢山の植物が育てられており、国民の憩いの場になるようにと整備された公園である。

四季折々、様々な花が咲き乱れる絶景ポイントであり、ローゼブルクの観光スポットのひとつである。

 

「以前、青いネモフィラ畑を絵で見たことがあります」

「一面のフロックス畑も有名だけど、やっぱりネモフィラが一番有名よね」


 地面を覆うかのように咲き乱れる青い花の絨毯を思い浮かべる。

 広大な敷地一杯に咲き乱れる春の花畑は圧巻のひと言であろう。よく見れば小さく慎まやかな花であるのが、より健気さを思わせるのかもしれない。


「今の時期だと何が咲いているのかしらねぇ」


 立場的に女性に花を贈ることも多かったアマンダであるが、薔薇や百合などの豪華な花束のことは幾分解るものの、公園や野に咲く花については詳しくない。


「グラジオラスやダリア、ルドベキア、ジニア。クレマチスにポーチュラカ。もっと沢山ありますね」


 花が好きなのか、セレスティーヌは指折り数えながら幾つかの花の名前をあげる。


 人の流れに沿うようにしばし進んで行けば、目の前にはほわほわとした、丸い大きな緑の綿毛のようなものが広がって来た。


「コキアですか……?」

「紅葉前なのね。遠目で見ると苔玉みたいね」


 目の前には、一面のコキア畑が広がっていた。

 春のネモフィラ畑、秋のコキア畑が有名であるが、いまだ夏なので青々としたコキアが群生している。


「何だかまん丸で可愛いですね」


 そう言いながらしゃがんでみれば、所々に極々小さな花が咲いているのが見えた。


「コキアの花って初めて見たわ。秋になると葉っぱが真っ赤に色づくのよね? 実はトンブリって食べ物に、枝はほうきになるのよねぇ」


 そのため、別名ほうき草とも呼ばれる。

 トンブリは成熟果実を過熱加工した食品で、その色や見た目から『畑のキャビア』と言われている。

 ほぼ無味無臭であるが、プチプチした食感が楽しい実だ。


「見た目も可愛くて食料にもなって、更には箒にもなるって。凄い優秀な植物ですね」 

  

 感心したように振り向いたセレスティーヌの表情が一生懸命で、思わず笑いそうになった。


「私、いつか落ち着いたらコキアを育てようかと思います!」

 見て食べて、使ってとフル活用できる……と呟いている。


 庭を美しい花々で整える奥方たちは多いが、『観る』はともかく、食べて使ってまでを想定して植える植物を決める貴族女性も少ないであろう。


「食べるにしても、オレンジやリンゴじゃないのがセレらしいわね」


 まあ、果実の木などはオランジェリーにて栽培することが多いので、別と言えば別であるが……

 何と無しに、自分の家の庭がコキア畑になるのを想像して、アマンダは噴きだしそうになった。


「オレンジは鉢植えでは無理じゃないでしょうか?」


 いつか小さな借家のベランダや窓辺で栽培することを想定しているセレスティーヌは、そう言って首を傾げる。


「そうかしら? なら、好きな野菜とかハーブとかも育てたらいいわよ」

「確かに。寄せ植えにして、お料理とかにも使えてイイ感じですね」


 植えるの規模が全く違う想像をしながら、お互いに頷き合う。

 そして、遠くの方に黄色と緑が広がっているのを指差す。


「あっちのブロックにも行ってみましょ」

「ひまわりでしょうか。とっても夏っぽいお花ですね」


 広大な敷地は幾つかのブロックに分けられており、それぞれ季節の花々で彩られている。遠くに見えるのはセレスティーヌの言う通り、ひまわり畑のようである。



 満開の黄色いひまわりと青い空と白い雲。ぱっきりとした色合いのコントラストが目に染みるような光景に、ふたりは目を細めた。


「このまま北部へ向かわれるのですか?」

「曾お爺様が睨みを利かせているから、大丈夫じゃないかしら。ただのお家騒動だって言うし」


 お家騒動の内容にもよるが、ジェイの雰囲気では痴話喧嘩レベルのような話しぶりであった。


「どこもかしこも見る所は沢山あるんだけど。取り敢えず大きな問題はないみたいだし、後は焼き物の里や絹織物の町を見て、お隣の領地、マロニエアーブルに向かいましょう」


 取り敢えず、織物の町で新しいワンピースでも仕立てようと思うアマンダであった。

 その頃にはジェイから、何やらかの知らせももたらされることであろう。


「名残惜しいですね」


 セレスティーヌの銀色の瞳が、ローゼブルクの空を見上げる。


「気に入ったらまた来たらいいわよ」


 何気なくそう言っては、アマンダが微笑んだ。

 夏の潮風が、ひまわり達を揺らして吹き抜けた。


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