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   観光地ラヴァーレ・グロッソを満喫する・後編

 アクアリウムを満喫したふたりは、ジェイが手配した宿屋へと向かう。

 案内された部屋を開ければ、テーブルの上に山のような書類が積まれていたのは言うまでもない。


「アイツ……急ぎのものが()()って言ってなかった……?」


 今開けたばかりの鍵を持ったまま顔を引きつらせるアマンダに、セレスティーヌはなんと言ったらよいものかと頭を悩ませるが。


 てへぺろっ☆


 そうあえて死語を使い、ウザくおどけるジェイの顔しか浮かばないのはどうしてだろうか。


「取り敢えず、お茶をお持ちいたします。もしお手伝い出来るものがありましたら、お手伝いさせてくださいませ」

「セレ……あなたってば本当にいい子ね」


 アマンダはしみじみと呟く。

 そんなつもりはないのだが。だがここで反論するよりも、まずはアマンダを座らせることが先だろうと思って曖昧に首を傾げて手荷物を床に置いた。


 アマンダと言えば、ため息をつきながら書類を一枚手に取っている。




 宿屋の女将さんにお湯を貰い部屋に戻ると、部屋に備えてある文机に向かうアマンダの姿があった。


「帰って来たばかりでごめんね。お茶を淹れてくれたら、少し休んで頂戴」


 既に書類を仕分けたのか、幾つかの束が机の上に並べられていた。


(これは……確かに傷心旅行とも言っていられないのかも)


 一件に対する添付書類が膨大なのか、数そのものが膨大なのか、セレスティーヌには解りかねるが、読むだけでもなかなかに大変そうである。

 

 花嫁修業の一環で、お茶の淹れ方は何度となく練習してある。

 仕事を始めたばかりであるので、静かに机の上にカップをおいた。


「どうもありがとう」

「私にお手伝い出来るものはございますか?」


 更に代官補佐である父の仕事を手伝い、最低限の書類仕事も身につけてあるのは僥倖であった。

 外部の人間であるセレスティーヌが目にしても差し支えないものと駄目なものがあるだろうと声をかける。


「…………。じゃあ、テーブルの上にある決裁書の計算を確認してくれる?」


 観光をしていたといえ、長時間歩いていたので疲れているだろうから、休んでいても全く問題がないのであるが。それをよしとしないのがセレスティーヌである。


 この一か月程でお互いの性格を掴みつつある訳だが、休めと言っても休まなそうなのが彼女である。

 困ったような顔をしながらも、セレスティーヌ用にと分けておいた書類を指差した。


「わかりました」


 一方でセレスティーヌにしてみれば、手伝いたくても部外者であるゆえ、駄目と言われれば勝手に見ることも触る事も出来ない。


 殆ど仕事がないとはいえ、侍女であろうと言われればそうなのであるが、これまた侍女とは言えないのが本当のところだ。

 同じく疲れているだろうアマンダを差し置いて、休んでいるというのも気が引けて休まらない。


 ホッとしたように微笑むと、注意深く書類に目を落とした。

 が、すぐさま数字を見て固まった。


(一、十、百、千、万、十万、百万、千万。億……?)


 普段目にすることはないであろう数字が行列をなして並んでいる。

 これが金額であると考えると、めまいがしそうである。


(…………。いったい、何の経費なのかしら)


 貴族とはいえ平民に近しい感覚のセレスティーヌは、現実離れした空恐ろしい金額に、自然と肩に力が入った。

 思わず、斜め横のアマンダを仰ぎ見る。


 一方のアマンダは蒸れるカツラを脱いで、銀色の地毛を晒していた。難しい内容なのか、頭を掻きながら厳しい顔をしていた。

 集中して作業をしているのであろう、書類を確認しては差し戻す物にはコメントを、サインが必要な物には淀みなくペンを滑らせていた。

 伏せられた瞳には長い銀色のまつ毛が陰を落としている。


 思わずじっと見つめていた自分に気づいて、セレスティーヌはハッとした。


(……私も集中して、間違わないようにしないと!)


 そう心の中で気合を入れると、彼女も膨大な数字の羅列に取り掛かることにした。


 一方、同じく数字の羅列を追っていたアマンダの瞳が、同じ所を三度ほど往復した。


(うーん……?)


 微妙な違和感のある数字がある。

 北の地を旅する自分に対して確認して来いというのか、たまたまなのか。


 似たような事例がないものか、他の地域の書類にも目を通す。

 素早く必要な箇所を確認したが、そう大きな差は見受けられないものばかりだった。


(杞憂なのか)


『要確認』

 メモを挟むと同時に、自分用のメモを取りおく。




「はぁ。終わった……!」


 アマンダはばったりと机に突っ伏した。

 文句も言わずに黙々と計算をしてくれたセレスティーヌも、眉間を揉んでいる。


「ごめんねぇ。疲れたでしょ」

「いえ。アマンダ様の方がお疲れでしょうから」


 身体を起こすと、インクの乾いた書類から順番に書類カバンに詰めている。今までもセレスティーヌの知らないところで、同じようなやり取りがあったのであろう。


 変装の達人だというジェイであるが、セレスティーヌが知る限り、変装していたのは初めの一回だけであった。

 時々フラッとやって来ては、アマンダを揶揄って去って行く人、という認識であるが。都度アマンダが言葉少なに指示をし、先回りしたり戻ったりしながら『調べもの』をしてたり、アンソニーやアマンダの父親に伝言をしたり預かったりと、常に移動をさせられているイメージだ。


「下の食堂に行って、美味しいものでも食べましょう」


 ふと窓を見れば、眼下に広がる海に夕陽が沈み、濃い茜色にきらめいていた。雲と波が濃い群青色に縁どられている。

 もうじきラヴァーレ・グロッソの日が暮れる。 

 


 多くの宿屋が、一階に食堂兼酒場を兼業しているところが多い。

 ジェイが手配した宿屋もそんな場所のひとつだった。

 地元の漁師から直接買い入れる新鮮な魚介類を使った料理がウリらしい。

 昼にも漁師町らしい豪華なバーベキューをしたふたりだが、どんなメニューがあるのだろうかと楽しみなふたりであった。


「あ、ここです、ここ?」


 階段を下りて食堂を見回せば、見知った顔が手を振っていた。

 ジェイだ。


「…………」


 テーブルの上には鯛のカルパチョや夏野菜のパプリカが並んでいた。

 手元にあるゴブレットを見て、アマンダが不服そうな表情を隠しもせずにジト目で見遣る。


「こっちにはあんなに大量の書類を置いておいて、既にお寛ぎのようね?」

「いま来たところですよ? 兄さんの追及を誤魔化すのも大変だったんですから、ちょっとくらいいいじゃないですかぁ?」


 ポーズなのか、拗ねたように口を尖らせるとゴブレットを傾けた。

 促されてアマンダとセレスティーヌが席に座る。

 すると見計らったかのように、沢山の料理が並べられて行く。


「さ? カキフライが来ましたから、冷めないうちに食べちまいやしょう?」


 黄金色の衣に、ぴちぴちと油が跳ねている。大きくて丸々と膨らんだカキフライを口に運べば、潮の香りに加えて牡蠣特有のクリーミーな旨味が広がった。

 ワタリガニのボイルに生ガキ、近海で獲れたカツオと地野菜のサラダ。

 肉好きのアマンダの為に、大きなローストビーフが艶やかなソースを纏っている。


 隠密だというジェイだが、流れるような手さばきで皿に料理を取り分けては各々の前へと置く。

 完璧に出遅れた感のあるセレスティーヌが視線を泳がせると、ジェイは楽しそうに喉の奥で笑った。


「レディファーストですからね?」


 そう言ってウインクすると、アマンダではなくセレスティーヌの前に真っ先に皿を置く。


「概ね領内に大きなゴタゴタは無いようですよ?」

「『ご隠居様』が暗躍しているからでしょ。あちこちと神出鬼没じゃあ、悪人もおちおち悪いことなんて出来ないもの」


 熱々のカキフライをひと口に放り込むと、アマンダはこともなげにそう言った。


「おや?」


 知ってたのかと言わんばかりに反応に、当然だと視線で返す。


「じゃなきゃ、わざわざお付きの人間を連れて悪者退治なんてしてないでしょう。他国と国境を接しているし、北部は王都からも距離があるし。こまめに芽は摘むに限るって寸法じゃないの」


 アマンダの言葉を聞いて、ふーん、と言っては微笑んだ。


「傷心旅行中とはいえ、その辺りはいつも通りなんですね?」


 腑抜けになっていても目までは曇ってないとでもいうのだろうか。

 まったく遠慮も配慮もない人間に、アマンダは呆れたように頬杖をついた。


「で、やっぱり北へ行くの?」

「はい、北を目指すそうですよ? で、北は軽いお家騒動……内輪揉めみたいなもんすね? 隣国とはいい関係だそうです?」


 何気なくやり取りされる内容に、セレスティーヌは再び丸い瞳を泳がせた。


 アマンダの曾祖父であるご隠居様一行の行程を聞いている風で、アマンダが請け負っている仕事――多分エストラヴィーユ王国の結構な中枢に関連することだろう――のあれこれが散りばめられているだろうことが察せられる。


 問題があるのならかち合おうが行くのだろうし、無いならないで次を目指すのであろう。


 果たして自分が聞いていても良いのだろうかと思いながら、カツオの乗ったサラダをひたすら口に運ぶ。

 酸味のあるドレッシングと下味の付けられたカツオ、そして夏らしい香草が香る、爽やかなサラダである。


「お嬢様は牡蠣はお嫌いですか? カニのボイルも、温かいうちに召しあがってくださいね?」


 アマンダとジェイの両方に見守られ、口にしない訳にも行かない雰囲気である。

 ――勿論嫌いではない。


「ありがとうございます」 


 口に運べば、カキのギュッと凝縮した旨味が口いっぱいに広がった。


(お、美味しい……!)


 最近美味しいものを食べ過ぎて、若干ワンピースのウエストがきつく感じられるセレスティーヌだが、ワタリガニのボイルならば大丈夫だろうかと殻と格闘することにした。

 更には、カニを食べれば自然と口数も少なくなるだろうから、ダンマリには持ってこいである。


「とにかく、兄さんを躱すのが大変でしたよ? 内密な調査のために変装していると言っておきましたが……まあ、それ以外言いようがないんで? くれぐれも内密にと言ったら、却って目立つだろうと言われました?」


 確かにである。

 色々な意味でそう思うが、致し方ないともいえる。


「ま、書類をアンソニーに渡したら、先にマロニエアーブルに飛んで、どんな具合か調べてほしいの」

「……何か気になることがあるんですか?」


 ジェイも慣れているのだろう。事もなげに頷くと共に、小さく首を傾げた。


「まずは下調べってところね」


 取り敢えずは先入観がない方がより広く集まるだろう。

 何処にどんな理由やヒントが転がっているとも言えないのだ。物事の取捨選択に長けたジェイならば、イイ感じに情報を集めて来ることだろう。


「承知いたしました?」


 アマンダの顔を窺いながら、主の考えていることを汲み取ると、納得してはセレスティーヌの方へと顔を向けた。


「ところで、ペンギンは可愛かったですか?」


 ジェイの言葉に力強く頷いた。

 素直に参加して問題なさそうな話題と、昼間のペンギンのかわいらしさに、心持ち声が大きくなったのを自覚する。


「はい、とても!」


 その満面の笑みに、ジェイとアマンダは目を細めた。

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