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   観光地ラヴァーレ・グロッソを満喫する・中編

「ウニが焼けましたね?」


 苦笑いしながら近くの石に焼きたてのウニの殻を軽くこすりつけた。

 黒く長くトゲトゲした棘は炭化したらしく、等間隔に丸いつぶつぶのついた本体のみとなった。そして慣れた手つきで軽く包丁を入れて半分に割る。


 中には火が通り濃いオレンジ色になった中身が顔を出した。


「さ、どうぞ?」


 ジェイは半分に割った焼きウニを皿の上に乗せた。

 ウニの磯の香りと、甘みと香ばしさの増した香りが鼻腔をくすぐる。


「生が一番という人も多いですが、火を入れるとまた違った旨さですよ?」

「アタシは焼いた方が好きね」


 もう半分を焼きウニが好きだというアマンダの皿へ乗せる。


 貝殻に乗せて綺麗に並べ、直に焼いては焦げ目をつけるものが多いが、これは浜辺で焼く丸焼きなのだろう。まるでオブジェのような不思議な殻の模様を見ながら、オレンジ色の身を注意深く掬う。


「とき卵と調味料と一緒に混ぜて、炒め焼きにする料理もあるそうですよ?」

「生で食べられるのに敢えて炒めちゃうのね。漁師飯の一種かしら。バゲットやクラッカーに乗せても美味しそうだわね」


 普段は口にしないような高級食材が、次々と惜しげもなく皿に盛られることにおののきながらも、セレスティーヌはジェイのうんちくと食材を交互に見ながら口に運んだ。


「……美味しい……」


 生ではとろりととろける舌触りのウニだが、焼くと適度に水分が抜け、旨味が凝縮されるように感じる。


「生が苦手な方でも食べやすいですからね? 大丈夫そうならもっと割りましょうか?」

「ジェイさんも食べてください」


 自分への心遣いに目を細めて頷くと、焼きウニも気に入ったらしいセレスティーヌの為に再び棘をこすり落とした。


 セレスティーヌはセレスティーヌで、次々に供される高級食材の数々に、贅沢のし過ぎで今までの食事に戻れないのじゃないかと心配になってくる。


「まあ、大丈夫よ。地のもの旬のものを美味しく頂いているだけだもの」


 勝手に自分で割って食べているアマンダは、連れの心情を知ってか知らずなのか、そう言いながら既に三つ目を口にしていた。


 殻が入らないように丁寧に割りながら、ジェイは微笑んだ。


「地元の子ども達がお小遣い稼ぎに獲った物をわけて貰ったので、今頃菓子でも買ってるんじゃないですかね? win―winってヤツですよ?」

 



 心行くまで浜でのバーベキューを味わったふたりは、満足気にお腹をさすった。


「宿をとっておきましたよ?」

「……そう言って、アンソニーの仕事をこれでもかと置いておくつもりなんでしょう」

「バレやしたか?」


 ニヤニヤと笑いながらジェイが返事をする。


「決裁書だっけ。至急ならば今すぐ見ようか?」


「そこまで急ぎではありませんが……確認していただきたいものが数件あるみたいですよ?」

「じゃあ、後で目を通すわ。アタシたちは取り敢えず、イルカとペンギンを見て来るから」


 動物好きらしいセレスティーヌが喜ぶ選択であろう。

 ジェイは頷きながら相槌を打つ。


「なかなかいい選択ですね? それでは楽しんでいらしてください?」

「ジェイさんは一緒に行かないのですか?」


 セレスティーヌの申し出に、ジェイは申し訳なさそうに眉を寄せた。

「それが、兄弟子のセブンあにさんに呼び出しを受けてまして? 報告ついでに色々領内について聞いて参ります?」

「セブン兄さん?」

「ほら、ナットゥ柄の風車を投げて来たチョイ悪オヤジみたいなおっさんよ」


 アマンダは言いながらエビやら貝やらの殻を纏める。

 火だけではなく熱せられた石などにも水をかけ冷まし、安全を確認している。そうして手際よく後片付けをしながらジェイが頷く。


「ネブリナ湖の方で会ったそうですね? ローゼブルクに入ったところで待ち構えられてまして、取り敢えずは後でって事なきを得ましたが?」

「爺さん達の今後の経路を知りたいわね……」


 アマンダはため息とともに言葉を吐いた。

 勿論、一行とかち合わないためにである。


「へい? 一応その辺も探って参りやすが?」


 北の方で動きがあるために、そちらに行くのではないかということであった。


「北ねぇ。国境辺りの問題なのかしら」


 ローゼブルクは北にある隣国と国境を接している。

 比較的安定した両国間関係だが、水面下で様々に牽制やら何某の思惑やら、動きがあるのは良くあることだ。


 アマンダは思案気に拳を顎にやると考え込んだ。


「……そんなシリアスな感じではなさそうですがね? まあ、ついでに探って来ますよ?」

「お願いね」

「承知いたしました?」


 笑ってセレスティーヌに手を振ると、ゴミの入った袋を抱えて意気揚々と去って行く。


「さ。アタシたちはアクアリウムに行きましょう」

「私、アクアリウム初めてです」


 そう言って丸い瞳をキラキラさせる様子に、アマンダは涼し気な瞳を細めた。




 ラヴァーレ・グロッソには海洋生物を始め、水辺の生物が展示されている施設がある。


 研究や繁殖などが大きな目的であるのだが、ちょっとした観光名所にもなっていた。……飼育には多大な資金がかかるため、一部観覧をさせて資金調達しようという目論みであるのが丸判りだ。


 とはいえなかなか盛況であるらしいので、目論みはいい方向に転がっているのだといえるだろう。

 大きな水槽に泳ぐ魚たちの他に、愛らしい動物などもおり、イルカのショーとペンギンコーナーは大人気であった。



 大きなイルカが複数、空をジャンプする。

 大きな輪をくぐり抜けるもの、空中で回転するもの。

 そして綺麗な流線型を描きながら着水すると、大きく水しぶきが跳ねて観客席から愉快そうな叫び声が上がった。


 イルカに指示をしているのだろう、短い笛の音と共に、陽の光を浴びながらイルカたちが演技を続けていた。


「凄い……イルカって本当にお利口さんなんですね」


 感心したように声を漏らす。


「演技が終わった後、撫でさせてもらえるんですって。参加してみる?」

「是非!」


 アマンダの提案に、食い気味に返事をした。

 


 てっきり子どもの希望者が多いのかと思いきや、意外に大人たちが多いことに驚く。


 待ちきれない様子の子ども達に先を譲り、セレスティーヌはゆっくりと白い指を伸ばした。

 イルカはまるで撫でられるのを見越したかのように頭を近づけると、小さく鳴きながらつぶらな瞳を閉じた。


 水に濡れた、ツルツルとした感触が指を伝って来る。


「疲れたよね? 楽しいショーを見せて、どうもありがとう」


 セレスティーヌがイルカに言うと、瞳を開けてヒレを伸ばしてくる。


「多分ですが、挨拶を返してくれているみたいですね!」


 元気な話し方をする飼育員がそう説明する。

 驚いたようにセレスティーヌが小さく目を瞠り、皮膚を傷つけないようにそっとヒレにタッチした。


『ピューイ!』


 何かを伝えるかのように、イルカがセレスティーヌとアマンダを見比べて鳴いた。



「イルカ、可愛らしかったですね!」

「近くで見ると結構大きいけど、セレは怖くないのね」

「大人しかったですし……大きな声で吠えられたら怖いかもしれませんが、可愛らしかったです!」


 フンスフンス! と鼻息荒く、興奮気味なセレスティーヌを眺める。


 薄暗いアクアリウムの中を通ると、銀色に輝く魚たちが水槽の中を揺蕩っていた。

 青く塗られた壁と天井をぐるりと見遣る。

 まるで水の中にいるようにも感じられる空間は、不思議な感じがする。


「もっと技術が進んで、水温とか水流とかを管理出来るようになったら、魚にとってももっと快適な環境で暮らさせることが出来るんでしょうにねえ」

「そうですね」


 研究によって解った様々な事柄は、魚や環境だけでなく、もっと多岐に渡った事々に応用されたり解明されたりするのであろう。


 大きな水槽に顔を寄せて、食い入るように魚を見つめる子どもの様子をみつめる。


「次のペンギンたちもきっと気に入るわよ」


 ちょっと揶揄うように言うアマンダに、セレスティーヌは素直に微笑んだ。




「氷の上じゃないのですね」


 第一声は感心した様な声だった。

 草むらのような一画に、小さなペンギンたちがよちよちと歩いている姿が見える。

 遠く離れた海の向こうの、更に遠く。

 非常に寒い地域に住むと読んだことがある本を思い出しては、しげしげと観察した。


「寒い地域に住む種類も沢山いるらしいけど、寒くない地域に住む子たちもいるみたいよ」


 池のような水辺は用意されているものの、屋根付きの室内と外を自由に行き来出来るようになっている様子を見て感心の声を上げる。


「小さくて、可愛いですね……!」


 草むらからちょこんと顔を出したペンギンと目が合う。


(うわ~~~~っ、可愛い!!)


 よちよちと歩く様子に、小魚を美味しそうに丸呑みする姿に、セレスティーヌが頬を紅潮させる。


「そうね。めっちゃ可愛いわ!!」


 年相応にはしゃぐセレスティーヌに、大真面目な顔で頷くアマンダ。


 小さくてふわふわした、目を輝かせるセレスティーヌと、これまた小さくてユーモラスなペンギンのダブルの共演に、アマンダとしては頭を掻きむしりたいほどの心境である。


 ……金ロールのズラが使い物にならなくなるのでしないが……


 裕福な親子連れやカップルが多いので同伴者の様子を満足気に見ている人間が多いものの、少なくない男どもがセレスティーヌに視線を送っているのが嫌でも目に入る。

 人を射殺しそうな険しい顔のアマンダを見て、男たちが慌てて目を逸らすまでが様式美だ。


 それでなくとも男か女か解らない(?)アマンダと、可憐な少女然としたセレスティーヌは目立つ。

 だいたいどこに行くにしても注目を浴びるのだが、セレスティーヌはアマンダが女性としては大き過ぎるがために注目を浴びてしまうのだと思い込んでいる。


「この子たちは大人でもこの大きさなのですか?」

「うん。『フェアリーペンギン』っていう小さい種類らしいわよ。大きい種類だと一メートルを優に超える子たちもいるんですって」

「凄い差ですね!」


 近くにいる子ども達も、アマンダの説明を聞きながら目の前のペンギンと交互に見ている。


 向こうも気になったのか、ペンギンが一羽、柵の近くに歩いて来た。

 それを見た子ども達とセレスティーヌが、じっと見守っている。


「……ペンギン、飼えたらいいのに……」


 アマンダは小さく、だけど心からそう思う。

 万が一にもアンソニーに聞かれたら、ゴミを見るような目で捨てゼリフを吐かれそうであるが。

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