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4  観光地ラヴァーレ・グロッソを満喫する・前編

『領都を離れて東へ八マイル、波の花散るラヴァーレ・グロッソ』


 地元民はそれなりに知っているキャッチフレーズと、ざっぱーん、と音が聞こえてきそうな荒々しい波が描かれた貼り紙を見ながら、ふたりは瞳を瞬かせた。


 領地の東側が海と面しているローゼブルク領だが、そのほぼ中央にあるラヴァーレ・グロッソは、小さな海辺の観光地であり漁師町でもある。


風光明媚だからなのか、それとも神が降り立ったと言われる伝説の祠があるからなのか。街というには小さく、町というには大きいという中途半端な規模の割に、国内のあちらこちらから観光客がやって来る、そこそこ有名な土地であった。


「まあ、神様うんぬんって言い伝えは、あちこちにあるものだけどねぇ」

「陸地からちょっと離れた岩の上にあるのですよね」

「この辺は波が荒いから、ざっぱんざっぱん海水を浴びそうよねー」


 いつもの如く好き勝手に話しながら、海沿いの町を歩く。

 観光地として、自然を程よく残しつつも整備された道は歩きやすい。潮の満ち引きを計算してか、砂浜から幾分離れており、青い海と白い砂浜のコンストラストを横目で楽しみながら進む。


 何か大物を獲ったのだろうか。ズボンに上半身裸の小さな男の子たちが、麻袋を背中に、はしゃぎながらすぐ横を走って行く姿に、瞳を細めて見送る。


「地元の子ども達でしょうか」

「きっとそうね」


 日かげになる場所で寛ぐ人たちに混じり、子ども達が水遊びに興じている姿も多く見える。同時に商魂逞しい商人が、屋台を出したり大きなガゼボみたいな簡易休憩所を作って呼び込みをしたりと、なかなかに賑やかな様子であった。



「おふたりとも、こっちですよ?」


 独特の話し方をする男性が手を振っていた。

 アマンダの隠密を務めるジェイである。


「随分早くから焼いていたのねぇ」


 砂浜へと降りる。ブーツを履いた足が砂に取られ、若干歩き難かったが、やや早足でジェイのもとへ急ぐ。

 どこからどう見ても地元民というような軽装で、上機嫌に鼻歌を歌いながら棒と手を使っては、次々と焼けた海産物をひっくり返している。


 ジュッと貝やエビから汁が零れ、音と共に非常に香ばしい香りが広がった。


 見ればたき火の上に鉄板が渡され、塩を振って焼かれた魚を始め、貝、大きなエビ、黒くてトゲトゲの沢山ついたウニがこんがりと焼かれている。


「結構張り込んだわね」


 鉄板をのぞき込んで、既に焼けてる半身のエビを手に取った。

 どこから出したのか、すかさずジェイの手から皿が出て来ては、阿吽の呼吸で着地する。


「お嬢様はローゼブルクは初めてでしょうから? 美味しいものを食べていただかないと?」

「あら。すっかりお気に入りなのね」


 茶化すようなアマンダに、大真面目な顔でジェイは頷き返す。


「そりゃあ、もう? お嬢様は非常に面白いお方ですからね? アンソニー様もかなりお気に召したようですよ?」

「????」


 自分の何がどんな風に気に入ったのか解らないセレスティーヌは、不思議そうにふたりを見ては首を傾げた。


「アンソニーまで……いやぁね、絶対こき使うつもりだわよ」


 嫌そうに眉間にしわを寄せるアマンダに、今度はジェイが茶化すように言う。


「おや? ヤキモチですか?」

「……セレをアンソニーの毒牙から守ろうとしているだけよ。さ、これ食べてみて。焼き過ぎない方が美味しいわよ」


 そう言ってセレスティーヌに大きなエビの乗った皿を手渡す。ジェイの手からすかさずフォークが差し出される。


 続いてアマンダが近くの平らな石の上にハンカチを敷くと、セレスティーヌに座るように促した。

 ……女性が苦手な筈のアマンダだが、元々の立場ゆえか、いつもエスコートが自然である。


 一応、表向きは侍女なのになと思いながら、素直に座るセレスティーヌだった。


「それは『イセエビ』という……まあ、オマール海老の一種ですね?」

「焼きたての方が美味しいわよ。ジェイも冷めないうちに一緒に食べちゃいなさいよ」


 元々そのつもりだったのか、全く躊躇せずに二枚の皿を出しては適当に盛り付ける。

 アマンダといえば全く意に介さず、イセエビのもう半身を受け取っては、器用にしっぽから身を外してみせた。


 美味しいものは温かくても冷たくても美味しいが、出来ることなら最高の状態で食べるのが食材と作り手への礼儀でもある。

 セレスティーヌは大きな、縦半分になったイセエビの白い身に付いた、美味しそうな焼き色を見る。


「いただきます」


 慎重に身をはがすと、パクリと躊躇なく口に運んだ。


(甘い……!)


 弾力の強い身は新鮮な証拠なのだろう。火を通したからか、凝縮されたかのような甘みと、噛むたびに溢れて来る肉汁。そして口いっぱいに広がる香り。


「ちょっとお行儀が悪いですけど、味噌も絶品ですよ?」


 イセエビの頭の部分を指して、残った身をつけるように促す。

 言われるままに口に運べば、非常に濃厚な旨味である。


 名残惜しそうに空になったイセエビの殻を見ていたら、ニヤニヤといつもの笑い顔を湛えながら、ほっくりと焼き上がった白身の魚と、口を開けて湯気を立てている大きな貝を乗せてくれた。


「アマンダ様には、アンソニー様から至急の決裁書を預かってますよ?」

「え~っ! わざわざこっちに寄越すよりも父上に渡せばいいのに……」

「『吞気にバーベキューとは良いご身分だな』と言ってましたよ?」


 どす黒いオーラまでも漂わせながら、ジェイがアンソニーの真似をする。

 アマンダは迷惑そうに眉間にしわを寄せた。


「……ちゃんと仕事は済ませて来たし、その後のあれこれは振り分けて来たじゃないのよ!」


 超長期休みに関しては、まあ申し訳ないというものであるが。

 己が不在でも何とかなるように手配してきたつもりであるアマンダにしてみれば、取り敢えずやってみてくれと言いたいのも然りである。


(アタシがやろうがアンソニーがやろうが、大して変わらないじゃないのよ……)


 それどころか、内容によってはもしかしたら、アンソニーがやった方がスムーズに進むかもしれない。

 それに結局のところ、誰かひとりが居なくなった位で困るような組織は宜しくないのである。



 それは組織なり国なり。

 更には、何だかんだでトップにすら替わりはいるもので、居ないならいないで何とかなるものだと歴史が証明している。


 ましてや重要なことに関しては、ジェイや伝書鳩やら、ありとあらゆるものを駆使してはアマンダに処理させようとして寄越して来るのだ。結構な頻度で送られてくる決裁書の量に安息の地はないのだとため息が出てしまうのは自分だけなのかとアマンダは思う。


「何のための指示書と申し送りなの!」

「扱き使いたいんでしょうねぇ?」

「最悪ね」

「……ご不在中もお仕事の状況を知れたり、何かあった際にはすぐにご自身で対処できるようにというご配慮では?」


 仕事大好き人間のセレスティーヌらしい意見に、アマンダとジェイが首を振った。


「そんなご配慮が一割、嫌がらせ九割?」

「限りなく同意」


 そんなものなのだろうかと、セレスティーヌがむぐむぐと貝を噛み締めつつも納得する。


(まぁ、お付き合いの長いおふたりが言うのならそうなのでしょう)


 それよりも、である。

 是非とも、アマンダには伝えておかねばならないことを言っておかねばならない。


「その、先ほどのことなのですが……嫉妬などしなくても大丈夫ですよ?」

「ん?」


 意を決したようなセレスティーヌの様子に、ふたりは何だか悪い(片や面白い)予感で一杯だ。


「アンソニー様は、何やら空回りしている私が面白かったのでございましょう」


 先日のサウザンリーフ領での一件を思い起こし、うんうんと頷いた。


「なので、恋愛的そういう意味で好感を持ったという訳ではないと思います」

「はあ?」


 怪訝そうな顔でセレスティーヌの次の言葉を待つふたりに、わかります、と頷く。

 あれだけ格好良ければ、性別の垣根を超えて憧れたり好意を持ったりしてもおかしくないであろうというもの。


「いやいや。セレってば全然解ってないじゃないのよ!」

「カルロ様とはまた違って、途轍もなく素敵な方ですし」


 ましてやカルロに恋したアマンダである。


 同じく幼少より一緒に切磋琢磨した美しきアンソニーに、恋愛的な好意を持ったとしてもちっともおかしくも不思議でもないであろうというもの。


「イヤイヤイヤッ! 変なことを言わないで頂戴!」


 アマンダは悲鳴まじりに嘆き叫ぶ。背中には嫌な汗と悪寒が走る。

 その逞しい身体は鳥肌だらけだ。


「あいつは顔が良いだけの悪魔よ? 鬼畜よ? ドSよ! あの顔に騙されちゃだめよ!!」

「いえ……私は騙されておりませんが。間違いなく恐れ多いというか」


 顔の良い男性に若干の警戒心を持つセレスティーヌは、中身が解らない状態で恋心など湧かない乙女である。


 そのうえ子爵家とはいえスカンピンな家柄の自分が、超名門侯爵家のご令息に恋心など持ってもどうにもならないと解り切っているリアリストでもある。

 良家のお嬢様方に知られたら、鼻で笑われることだろう。


 ふわふわした妄想恋愛よりも、現実的な職を心底欲するお年頃なのである。


「お互い全く、全然そんなこと思っていないから! アイツに横恋慕するくらいなら、アタシ、凶暴なご令嬢方の群れに飛び込んで蹂躙される道を選ぶわ!」


(凶暴なご令嬢方の群れ……)

 全く相反する言葉に、セレスティーヌは銀色の瞳を瞬かせた。


「それはアンソニー様も同じだと思いますがね?」


 全くもって冷静に合いの手を入れるジェイ。



 遥か彼方(?)の王都の真ん中で、やはり原因不明の悪寒に背筋をゾっとさせていたアンソニーがいるとかいないとか。

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