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3  ご隠居様は曾祖父様

 肉と香辛料の利いたつけダレの焼けるいい匂いと、肉汁が滴る音が辺りに漂う。

 さっきまでいた繊細な蓮の花の香りとは打って変わって、鼻腔とお腹をダイレクトに刺激する、とても食欲をそそる匂いだ。


「ひっじょーに、お腹が空くわねぇ」


 アマンダがそう言いながら周囲の露店をじっとりと観察している。

 その黒い瞳は、獲物を狙う肉食獣さながらだ。

 その隣で、マイペースに名産品を口に運ぶのはセレスティーヌ。


「レンコンって美味しいのですね!」


 国一番どころか大陸一のレンコンの産地であるローゼブルク。

 シンプルに甘辛いタレで炒めたレンコンも、ミンチ肉を挟んで揚げ焼きにしたレンコンもどちらも非常に旨い。


「早採れの品種や採ったばかりのものはシャキシャキしているんだって。冬に採れるものはほっくりした食感らしいわよ?」


 お肉LOVEなアマンダは、レンコンのはさみ揚げ焼きをバリバリと咀嚼しながらも、串焼きにロックオン中である。


 何ならはさみ揚げ焼きの中にもミンチ肉が使われているのだが、どうも肉として認識されていないらしい。


「ローゼブルクと言えば『ナットゥ』かと思っていましたが」


 ナットゥ――大豆を発酵させた、ねばねばした栄養満点の食べ物である。

 癖があるので好みが分かれる食品であるが、これもまたローゼブルクで一番有名な製品と言ってよいだろう。


「確かに。……でも実はローゼブルクと北の国境を接してる隣国の他領の方が消費量が上なのよね。あと好きな人の存在に隠れてるだけで、意外に苦手なローゼブルク民も多いみたいよ?」

「まあ、かなり味と香りの主張が激しい食べ物ですからね」 


 わかります、と頷く。

 ちなみに、セレスティーヌは好きでも嫌いでもない。アマンダに至っては意外にも嫌いではないという。


 流れるように串焼きを数本買うと、これまた流れるように一本をセレスティーヌに渡した。お礼を言って素直に受け取る。

 そして、ふたり同時に肉にかぶりついた。


「うんまっ!」

「美味しい!」


 しょっぱくて、ちょっと辛い味付けがあとを引く。


 セレスティーヌが半分を食べる間に、アマンダが当然のように全ての串を食べ終わると、今度は大きなステーキを物色していた。

 相変わらず育ち盛りの男の子のように、もりもりと美味しそうに食べる様子を見てセレスティーヌは微笑む。



「きゃぁーーーーっ!」


 そんな平和でのどかな町に、いきなり女性の叫び声が響く。姿は見えないが続けざまに、捕まえて! と大きな声が聞こえて来た。

 露店の人間もお客も、叫び声に驚いた様子で声のする方向を見遣る。


「どけどけどけぇっ!」


 続いてゴロツキらしい身なりの男が、そう叫びながら走って来る。

 巻き込まれないように急いで身をひるがえす人や、ぶつかって売り物を駄目にされないように急いで品物をしまう人たちが目に入った。 


「何でしょうか。泥棒でしょうか?」

「そうかもね」


 難しい顔をしたふたりが囁き合い、アマンダがゴロツキを捕まえようかと一歩前へ出ようとした時。


「スケサさん、カクノさん。懲らしめておやりなさい!」


 矍鑠かくしゃくとした声が響く。

 杖を持った白髪のご老人がそう言いながら、お付きの護衛らしきふたりに視線を投げた。


「「はっ!」」


 続いて勇ましい声が響く。

 ひとりは剣を構え、ひとりはボキボキと指を鳴らす。


 ……全員商人らしい恰好をしているが、流れるような身のこなしから貴族だと丸判りだ。


 アマンダはご老人の顔を見て驚いた後に、嫌そうに顔を歪めた。


「げぇっ! 曾お爺様!?」


(え)


 曾お爺様。

 セレスティーヌは思わぬパワーワードに、銀色の丸い瞳を瞬かせた。

 

「さぁ、ご隠居。早くこちらへ!」


 もうひとり、ぽっちゃりしたお付きの人間が、ご老人の盾になるように庇いながら壁際に移動する。


 同時に、マズいわ……とブツクサ言いながら、ゲンナリ顔のアマンダがこそこそとセレスティーヌを老人とは反対方向に押しやっては遠ざかろうとする。


「ど、どうされたのですか?」


 背中を押されながら、おずおずと遥か上にある顔を見上げた。


「ローゼブルク前々公爵よ。多分お付きの人間が対応するみたいだから、アタシたちは関わらなくて大丈夫」


 気づかれないようにその場から離れるべく歩き出す。

 いつの間にか遠巻きに人だかりが出来ており、その真ん中ではゴロツキとお付きのひとりが組み合っては、あっという間に放り投げ、秒で拘束していた。


「ね?」

「はい」


 アマンダの曾お爺さんだというご老人を見遣れば、ゴロツキを自警団へ引き渡す指示をしていた。

 お付きの人が女の人から奪った財布をゴロツキから取り上げると、支えられるようにやって来た女性へ返却している。それを見たご老人は、豪快に高笑いをしている……



「さ。お肉はまた今度にして、ここを離れましょう」

「曾お爺様なのですよね? ご挨拶をなさらないのですか?」

「いや……あの性格だから。面白がって色々と面倒が増えるだけよ。ましてやここに来て、パーティ三昧とかしたくないでしょう?」


 そう言われ、確かにと思う。

 きちんとしたドレスなど持っている訳もなく、更には公爵家のパーティとか、恐ろし過ぎると身震いをした。

 ふたりはこそこそと人だかりを抜け、裏路地を抜けながら先を急ぐことにした。


******


 山道に近い道を早足で進むと、ひゅん! と風の音が鳴る。

 アマンダは嫌そうな顔をしながらも、後ろ手にセレスティーヌを庇い、気配のする方向へと身体を向けた。

 小気味良い音とともに、風車のついた手裏剣が近くの木に刺さる。


「…………」


 思わずセレスティーヌは、カラカラと回転するナットゥ柄の風車を見遣る。

 すると、ちょっと怖い系の人っぽい格好をした男性が、回転しながらアマンダの前に降り立った。


「……危ないわねぇ。当たったらどうするのよ。手裏剣を投げつけるなんて不敬罪よ?」


 不機嫌そうに言うと、ちょっとだけ面喰った表情をした男が、しげしげとアマンダをみながら口を開く。


「止まってくださいとの合図ですよ。坊ちゃんが、こんなザルな投げ技に当たる訳ないじゃありやせんか」


 そう言って苦笑いをすると、アマンダの後ろに隠されているセレスティーヌを覗き込んで、首を捻った。


「仮装行列にでも参加されるんですか?」

「いろいろあるのよ」


 ふたりは知り合いなのだろう。そのやり取りから気安い仲であることが窺えた。

 セレスティーヌは小さく会釈をすると、怖そうな男は相好を崩して頭を下げた。

 笑った顔は、優しそうなおじさんである。


「……まあ、そりゃあそうでしょうねぇ」


 そうでなければ、女装をして旅をしていないであろうというもの。


「っていうか、相変わらず元気な爺さんねぇ。どこが『ご隠居』なのかしら」


 呆れたようなアマンダに、男が苦笑いをして答えた。


「最近はご年齢のこともあって、ご旅行をなさりながら、領内の安全確認をなさっているんですよ」

「周りに迷惑がかかるから、出来れば領都で大人しくしていればいいのに」


 ローゼブルク領の領都からネブリナ湖までは、結構な距離がある。


「ご隠居にお会いにならないのですか?」

「嫌よ。面倒臭いじゃないの」

「……どんな姿であっても、お喜びになると思いやすがねぇ」

「別の機会にまた来るわよ。取り敢えず先を急ぐから、余計なことは言わないで頂戴!」


 金色の巻き毛ズラを逆立てながらそう言う。

 言われた男は再び苦笑いをして頷いた。


「へい、承知いたしやした……これからどちらへ行かれるんですか?」

「ラヴァーレ・グロッソの町へ向かうつもりよ」

「ほう。ご観光なんですね」

「まあね」


 傷心旅行だなどと言えば再び追及が来るだろうことを見越して、アマンダは口をへの字にした。

 アマンダがローゼブルク前々公爵に会わないだろうことを確認すると、男は丁寧に頭を下げる。


「それではお気をつけて。何かございましたら遠慮なくお呼びくださいやせ」

「ありがとう。それよりも曾お爺様を大人しくさせることに注力して欲しいわ」


 そう言われると男は、苦笑いをしながら肩をすくめて、再び風の音をさせながら去って行った。

 去り際に見事な手際で、ナットゥ柄の風車手裏剣も引き抜いては回収して行くのも忘れていなかった。


「……変な嗅覚を持った爺さんが追いかけて来ないうちに、先を急ぎましょう」


 ため息をついてセレスティーヌを促すと、再び早足で街道への道を急ぐ。


「はい。さっきの方はジェイさんみたいな方ですか?」

「そうよ。ローゼブルク公爵家の隠密ね」

「はぁ。なるほど」


 隠密とか公爵家とか、凄い話である。

 何ともいえないような表情でそう言うと、セレスティーヌは頷くしかなかった。


 一方少し離れた木の上で隠密の男は、ジェイに詳しく話を聞く必要があるだろう、と苦笑いをしながらもそう思案した。  

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