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2  ロータスの花

 初めての乗船に後ろ髪を引かれる様子のセレスティーヌをなだめながら、ふたりは再び陸地へと降り立つ。

 大きく湖を一周する帆引き船だが、船着き場は幾つか用意されており、湖を半周した辺りで降りることにした。


「ネブリナ湖はローゼブルクの南中央部~南東部に位置すると思いますが、これからどちらに向かうのですか?」


アマンダは失恋のための傷心旅行中である。

 セレスティーヌは家を出て職探しの旅にでる予定が、アマンダの侍女兼話し相手として雇われて旅に同行していた。


実際はセレスティーヌに素敵な景色を見せることや楽しい体験をさせること、美味しいものを食べさせることに注力しているといってよいのであるが、当のセレスティーヌは、オネエな主が傷ついた気持ちを整理し、癒すための旅行だと信じ切っている。


 セレスティーヌが行ってみたいと言えば勿論向かってくれるが、ユイットの街から出たことのないセレスティーヌが知ることなどたかが知れており、アマンダに全て任せているのが現状だ。


 それにアマンダが連れて行ってくれる場所は何処もかしこも美しかったり楽しかったりで、セレスティーヌは意見などしない方が良いとすら思っている。


 同行する自分もおこぼれに預かって有難いやら申し訳ないやらと思っているのだが、実際は自分のことを喜ばせる為だと言ったらどんな顔をするのであろうか。


「これからレンコン畑に行くわ」

「レンコン畑ですか?」

「うん。『蓮田はすだ』とも言われるらしいわよ」


 ローゼブルクの名産の一つ、レンコン。

『蓮』『蓮根はすね』などとも呼ばれており、主に地下茎を食べる。栽培種や調理方法によって食感の違いがあるが、基本はシャキシャキした歯触りの食べ物だ。


「蓮の花って早朝から咲き始めて、午後には閉じてしまうんですって」

「なるほど。それで早出だったのですね!」

「それよりも。セレ、カバン重くない?」

「大丈夫です!」


 本来ならば、侍女であるセレスティーヌがアマンダのカバンも持つべきなのであるが、アマンダはいつもセレスティーヌに気遣いを向けてくれる。

 必要最小限のものしか入っていないカバンは、それ程重くはないのであるが……


 アマンダはアマンダで女装をしてはいるものの、アイデンティティは男性である。自分よりもはるかに華奢なセレスティーヌが荷物を持っていると、なんだか居た堪れない気分になるのだった。



 まだ幾分日差しの柔らかい午前の道をあるいていると、大きな葉っぱが生茂る畑が見えて来る。


「見えてきたわね」


一面、丸い葉っぱが高く茎を伸ばしている姿が目に入る。


「…………」


 ピンクや白、紫に青といった大きな花が重たげに風に揺れていた。

 幾重にも重なる繊細な花弁が、美しくも儚げで。神秘的ともいえるその景色に、セレスティーヌは言葉を無くして見入っていた。


 黙ったままでいるセレスティーヌの手を優しく取り、一段と低い道へと誘う。よく見ればそれは橋で、水の張られた蓮田ギリギリの高さに設えられていた。


 橋との際に咲く蓮の花を愛でるために作られた橋である。


「微かに甘い香りがするの、解る?」


アマンダはそう言って、セレスティーヌの近くにある花に顔を寄せて微笑む。以前のようなぶ厚い化粧を押えたアマンダは、元の顔の良さが遺憾なく発揮されており、その辺の女性よりも美しく見える。


 現実離れした妖しい光景に、セレスティーヌは呆けたようにただ頷く。

 今にも開きかけの花が目に入り、誤魔化すかのように慌てて顔を向けると、花びらがゆっくりと開き甘く柔らかな香りが辺りに満ちた。


「いい香り……」


 ホッとするような、どことなく異国情緒漂う甘い瑞々しい香りが漂う。


「三、四日の間、開花を繰り返すのですって。芳香はそんなに強くないお花だけど、二日目の花が一番香りが強いそうよ」


 アマンダはそう言って、新しく咲いた花の香りを確かめようと今ほど咲いた花の近くに顔を寄せた。

 セレスティーヌは思わずたじろぐ。


(ストーーーーップ! マジメなだけが取り柄の、地味で目立たない低位令嬢には無理無理無理っ!!)


 他意はないのだろうが、酷く心臓に悪い。 

 赤い顔を誤魔化すように銀色の瞳を高速で左右に動かすと、ズザザッと後ろに飛びのいた。


「?」

「花も綺麗で実も美味しいなんて、優良植物ですねっ!」


 力むようにそう言うセレスティーヌに、一瞬キョトンとしながらも笑い声をあげる。


「そうね! せっかくなんで早採れのレンコンがあるといいわねぇ。あとやっぱりこの辺りなら、なんてったって牛肉かしら」


健啖家のアマンダは肉の塊でも思い浮かべているのか、口元をごもごもさせながらそう言った。


「じゃあ、お腹も空いたことだし、ご飯でも食べに行こうか!」

「はい!」


 食い気味に返事をすると、アマンダはくすくすと笑う。


 ほのかに甘い香りのする道を、綺麗な花と香りを楽しむように、ふたりはゆっくりと歩き出すことにした。

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